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禁煙

LYLE/ ALLELUJAH 



 「ロックオン。・・・煙草やめたらいいのに」  

 最近の世間の風潮として、喫煙は容認されにくい。にくいどころか、病気扱いだ。

 「どうして、煙草吸うの?」

  「気分転換、かな」

 「そんな理由なら、止めれば? 煙草くさい」

 アレルヤはそう言って、ライルの口から煙草を取ると灰皿に押し付け、代わりにチュッと、キスを

くれる。煙草臭いのが嫌ならば吸っている最中にキスするな、と言いたいところだが、互いを貪っ

たあとの気だるい一服は至福だし、腕の中の身体は暖かくて、こんなふうにしかけて来る時は、

まだ彼の奥に欲望が埋火のようにくすぶっている証拠なので、悪い気はしない。

 「止めたら、ご褒美くれる?」 「考えておくよ」  くすっと笑う唇に唇を押しあてて、蜜色の身体を

抱き直すと、押し倒してのしかかった。  


 翌日、煙草を探すと室内に見当たらない。ライルはヘビースモーカーではないが、トレミーに待

機している時は買いに行けないので、多少ストックはしている。  もう一箱吸い終わったかと思

ったのだが、デスクどころかストック分まで見当たらない。誰かが隠したらしい。ハロにはそんな

機能はないからアレルヤだ。 案の定、食堂で会うと、ガムやキャンディを勧めてきた。  

 何時の間にそろえたのかと思うほどの数だ。籐のバスケットに詰められている。

 「禁煙はトレンドですぅ」

 「アレルヤに頼まれたので、低軌道ステーションで買ってきました」

  「健康には気を使ったほうがいい」

 「トレミーの空気環境を考えたら禁煙は当り前よ」  

 ライルが女性陣に締めあげられている間、ティエリアは小気味よさげに眼鏡を直し、刹那は普通

に食事をし、ラッセとイアンは気がつかないふりをしている。

 「コーヒー、どうぞ」  

 アレルヤが、自分の分と一緒にコーヒーを入れてきてくれる。一口啜ると喉を焼かれた。

 口寂しいがしかたないので、ガムの包みを開けてひとつ口に放り込む。ミントの匂いがコーヒー

と合わなかった。

 それでもくちゃくちゃやっていると、ガムを噛みながら業務をするのは行儀が悪いとティエリアに

指摘され、ガムはそうそうに止めさせられた。

 キャンディは、甘さが口に残るのと、いつまでも舐めているのが面倒だ。バリバリと音を立てて噛

み砕くと、「子供みたい」とアレルヤが笑う。

 「味が飽きるんだよ」

 甘味料のせいで口がまずい。

 「薬だと思ったら?」  

 他人事のようにいうアレルヤの肩を引き寄せると顎を捉え、口移しにキャンディを送りこんでやっ

た。口付けを深くして、キャンディとアレルヤの舌を絡めて舐め、ゆっくりとキスを味わう。

  「ちょ・・・。ロックオン、ここ廊下!」

 押し返されて睨まれるが、そんなのは平気だ。口寂しさの解消とアレルヤをからかうのが楽しい。

 「アレルヤ。おいで」  
 
 まずい禁煙用のキャンディより、アレルヤの唇のほうが甘い。数日後には煙草が欲しくなるとキャ

ンディではなくアレルヤを呼んで、キスをするようになっていた。

 ハンガーで。展望室で。廊下で。食堂で。

   頬に額、鼻の先。耳朶を齧ったり、耳の後ろを舐めたり。 すぐに吸っていた煙草の本数より、

キスのほうが多くなる。 ライルは、わざと目立つようにしたから、当然、みんなの目に止まる。

 「ストラトスさん、破廉恥です」

 「いちいちアレルヤを連れ出されると、作業効率が落ちる」
 
 「場所をわきまえてほしい」

 と、評判はさんざんで、ライルは「マイスターとしての品位に欠ける」とティエリアからこってりと絞ら

れた。そのうえ、アレルヤが恥ずかしがってライルに近づいてこなくなってしまった。

 「禁煙くらい意志の力で行え」

 そう言われても、もと本人の意思ではじまったわけではないから、ライルは納得いかない。

 「ロックオン。犯罪ですよ」
 
 アレルヤは捕まらないように、ライルの視界に入らないように動いているようだ。 口寂しさにアレ

ルヤ恋しさまで加わって、ライルはほんとうに煙草が吸いたくなった。 煙草はおそらくマリーの部

屋あたりに隠してありそうだったが、さすがに取り戻しにはいけず、次回の低軌道ステーションへ

の買い出しは一週間以上先だ。

 憂鬱な気分で食堂でぼんやりとテレビモニターを眺めていると、トピックスで面白そうなことをし

ていた。

 「11月11日は●ッキーの日」  ということで、チョコレートの突いたプレッツェルを端から互いに

食べあうゲームをしていた。どちらがたくさん食べられるかを競うのだろうが、恋人同士なら最後

はキスをすることになる。

 そう言えば、商社時代、日本企業の接待で行ったバーでこんなゲームをしたことがあった。

 アレルヤとしたら面白そうだ。高楊枝みたいな●ッキーを咥えてみたい気もする。あいにくと食

堂のスイーツリストには●ッキーはなく、ミレイナの部屋に行く。  

 さすが乙女。ミレイナは●ッキーを持っていた。

 「これは東京でしか手に入らないプレミアものなんですぅ」

 「その菓子、分けてくんねえ?」  

 ミレイナは、ライルの顔をじっと見ると条件を出した。

 「アレルヤ」  

 食堂にマリーと一緒に入ってきたのを、手招きして呼びよせる。アレルヤは、ライルの隣にストン

と座ると無邪気な笑顔を向けてきた。

 「これ、食って」

 差し出した●ッキーをアレルヤはパクリと咥え、歯でポキンと折り取ってしまう。 「懐かしいお菓子です。・・・以前、東京で食べましたよ」  ライルがもう一本取り出すと、それもポキンと折り取ってもぐもぐと食べてしまう。ライルの手にはチョコ付きの半分が残っている。 「マリーのぶん、貰っていいですか」  ひょいと長い指が伸びて、袋から二本取り出してしまう。あっと思った時には、ふたりで仲良く食べていた。 「御馳走さま」  マリーはアレルヤのようにかぶりついたりはせず、行儀よく受け取ってポキン、ポキンといい音をさせてチョコを食べている。少し離れた所に座ったミレイナが、面白そうにこっちを見ている。  ミレイナがくれたのは、一〇本入りの小袋だった。彼女が持っている半分をもらう代わりに「●ッキーゲーム」をすることが条件で分けてくれた。そんなことはティエリアとすればいいと言ってやると、唇を尖らせた。 『ストラトスさんは、こういう遊びが得意だと思ったです。お手本がみたいです』  乙女の期待を裏切ってはいけないとは思うし、アレルヤとこのゲームをしたい。 「アレルヤ」  ライルは、アレルヤの口にチョコのほうを突っ込むと上方に引いた。 ポキッと●ッキーが折れてアレルヤが上を向く。ライルは立ち上がりながらその唇にチュッとキスをした。 「ロックオン!」 「ロックオン?」 「ストラトスさん?」  食堂中の視線が集まって、驚いたアレルヤの手の中で、残りの●ッキーが折れた。その時には、のこった半分を咥えたライルの姿は食堂から消えていた。  日付が変わった頃、ライルは一人で展望室にいた。  煙草が吸いたかった。まずいキャンディを舐めるより外でも見るかと、夜中にもかかわらずここに来ていた。  みんなの前でキスをするなんて、もちろん冗談にしても少し不謹慎だったか。 「煙草、吸いてぇ」呟くと「どうぞ」と声がして、煙草とライターが出てきた。差し出しているのはアレルヤだった。 「禁煙は終わりにしていいのか」 「する気ないんでしょう。ロックオンにやりたくないことさせるの、大変ですからね。これ以上続けると被害が甚大だ」 「なんだよ。俺はまだ、続けられるぜ」 「禁煙を理由に、セクハラされる僕の身にもなってください」  アレルヤは、ライルが煙草を咥えようとすると、代わりに●ッキーを口元に付きつけた。 「ご褒美です。ゲームしてあげますよ」  これがしたかったんでしょう、とにっこりと笑う。 「食堂に置いてあったのを持って来ました。残っているのはみんな折れてますけど、ゲームに支障はありませんよね」 「●ッキーゲーム、知ってたんだ」 「以前やったことがあります」  アレルヤが折れた●ッキーを催促するように、ライルに向ける。 「怒ってるんじゃないんだ」 「どうして怒るんだい。ロックオンが僕にキスをしたら、皆が笑った。いいことだよ。でも・・・」 アレルヤがチョコでライルの唇を弄ぶ。先端を口に含むと、アレルヤが反対側を齧った。齧りながら、互いの顔が近づいていく。唇が触れ合うまで眼は閉じなかった。 「ん、んふ」 チョコの甘い匂い、柔らかい舌の感触。手を伸ばして引き寄せると暖かい身体。ふうわりと背に回る手の優しさ。生意気をいう唇。  こんなキスができるなら、たまには禁煙してもいいかな。  ライルはそう思いながら、息を継ぐと、もう一度柔らかい唇を貪った。                                                   了