NOVELS


堕天使の楽園 6



 グリニッジ標準時・午後11時。

 食堂で、アレルヤとすれ違いざま、ライルは声をかけた。

「この後、ひま? 軽く飲まない? 俺の部屋で」

 アレルヤは、口元を軽く歪ませて、「いいですよ」と答えた。

 そのまま、去っていく後ろ姿を見送って、視線を戻す。食事には遅い時間なので、人影はまばらだ

った。スメラギ・李・ノリエガは、知らぬふりをし、ティエリア・アーデは眉をしかめた。刹那は周

囲に無関心で、食事を続けていた。
 
 氷と摘まみになりそうなものを、みつくろってトレーに載せると、ライルは食堂を後にした。
 
 アレルヤは、ライルの誘いを断ったことがないが、自分から誘ってくることもなかった。

 ライルは、溜息をついた。カタロンにいた頃、恋愛はもっと簡単だった。気に入った女の子を気軽

に誘い、ホテルのバーで軽く飲んで、チークを踊り、そのまま、一夜を過ごす。関係が続くこともあ

るが、その場かぎりのこともある。

 互いを干渉しない大人の恋愛。それが自分のスタイルだと思っていた。何事にも深入りしない。気

楽な関係。

 それが、どうだ。組織の同僚、死んだ兄の恋人にはまっている。

 アレルヤの気持ちはわからない。ロックオンという名前に惹かれるのか、兄そっくりの容姿のせい

なのか。いずれにしても、ライル本人への気持ちが締めるウエイトはたいしたものではないはずだ。

 出会ってすぐ、兄の恋人だったと知って、強引に関係を持った。

 それは出来のいい兄へのあてつけだったかもしれない。

 組織の中で自分の居場所をつくろうと思ったからかもしれない。

 アレルヤにニールのことを聞くと「過ぎたことです」とうそぶいた。

 そのくせ、酒に酔って、ライルをニールと混同して泣いた。

「あなたは愛をくれたけど、僕に死ぬことは許してくれなかった」

 その言葉に、アレルヤが四年の間、監禁されていたことを思い出した。ロックオンと恋人として過

ごした時間より長い間、拘束されていたのかもしれない。そう思うと、かわいそうになった。

 アレルヤはニールのした小さな約束をよく覚えていて、それを果たさずに死んでしまったことを怒

っていた。会えない時間に紡いでいたに違いない言葉を、並べ立てた。

 マティーニのグラスを干すたびに、アレルヤは金と銀灰の瞳から、大粒の涙をぽろぽろと流した。
 
 それをもっと見たくて、ライルは酒を注ぐのを止めなかった。ライルの知らない兄への言葉を、兄

のふりをして聞いた。

「愛している」と、一途に告げる銀灰の瞳を見詰めて、キスをした。兄のものを盗んでいる、そんな

倒錯した感情に酔っていた。



 氷が解けて、音を立てた。グラスと摘み、軽い音楽。

 アレルヤは、シャワーを使ってくるだろう。

 来訪者を告げる、インターホンが鳴った。

 泥酔して、失態をさらしたと知ってから、アレルヤは深酒をしなくなった。それでも、多少は飲む

のは、気持ちを落ち着かせるためかもしれなかった。

 男同士でチークを踊るのは、気恥ずかしいが、ライルは踊ってみたかった。ふつうの恋人同士のよ

うな付き合い方をアレルヤは知らないだろう。細い腰を抱いて、項の薄い皮膚に鼻先を寄せる。洗い

たてのいい匂いがした。

「前にさ、抱かれた時、兄さんと俺を混同したろ?」

「それが、目的だったでしょう」

「まあな」

 顔を上げて、アレルヤを見る

 <愛しい人>と呼びかける金の右眼。

 <嘘つき>と叫ぶ銀灰の左眼。

 アレルヤが、ロックオンにだけ見せる、秘密の眼差し。

「あのさ、約束。俺が引き継いでもいいぜ」

「?」

「ロックオンが、アレルヤにした、約束」

「やっぱり、兄弟なんですね。似てるよ。強引なくせに優しい。だから、勘違いしてしまう」

「そりゃ、悪い。わびついでに、ひとつお願いきいて」

 細い顎を捉えて、仰向けさせる。

 アルコールに目元がほんのり染まっている。オッドアイが閉じられるのは残念だが、しかたがない。

 柔らかい唇に唇を押しつける。

 部屋の隅で午前零時の時報が鳴った。

 アレルヤの肩がピクリと動く。

「帰るなんて言わないで、泊まっていけよ」

 そのまま、返事ができないように口付けを深くした。
 



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                                          了  2009/8/31



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