NOVELS

熊のロックオン  3

NEIL / ALLELUAH 




3★

 その日の夕食には、久しぶりに一家が揃った。白いテーブルクロスに、花が飾られ、マリーとソーマが作った料理が並んだ。ロシア風のボルシチやシシケバブやサラダ。それぞれが新しい生活についての抱負を語り、離れても家族には変わりないのだとセルゲイがしめくくったが、最後の晩餐のような気がしていたのは俺だけではないだろう。当たり障りのない話を終えると、みな、そうそうに部屋に引きあげた。
「ねえ、君もお風呂に入りなよ」
 アレルヤはそう言うと、俺を風呂に連れて行った。
「なんだ。ハレルヤと入ったんじゃねえのか」
 正直、濡れるとなかなか乾かないので、俺は風呂が嫌いだ。でも、アレルヤと一緒に入るのは別だ。
「きれいにしてあげるよ」
 陶器のバスタブに入浴剤を入れ、泡をたてた。映画のひとこまみたいでゴージャスな感じになる。アレルヤは汚れた俺を湯で濡らし、ボディソープを掛けた。花の香りのする液体を指先で泡を立て、毛の奥のほうまで揉むように押す。縫い目にそって指で撫でられるのは、とても気持ちよかった。
「アレルヤ」
 アレルヤの肌はあったかくてすべすべで、柔らかかった。俺は腕を伸ばして抱きつくと、そのまま身体を動かして、泡立った身体をこすりつけた。
「ふふ。洗ってくれるの?」
 胸を合わせ、腹をこすりつけ、丸い耳でアレルヤの項を擦る。ふたりで、泡だらけになって洗いっこする。
「ところで、僕、知りたいんだけど」
 アレルヤは、俺を抱き上げるといきなり両足を掴み、手を開く。俺は逆さにつりさげられた状態になった。
「うわ・・・いきなり股裂きの刑、ヤメテー」
 俺の足は、たいていのぬいぐるみと同じで丸い筒状をしている。くるぶしもなければ、指もない。足の裏の部分だけは身体とは違うフェルト素材でできているのでそれとわかる程度だ。人と違って掴むところはないから、すっぽぬけそうになる。
 アレルヤはそのあたりは心得ていて、俺が痛くない程度に力をこめて掴んでいる。それだって、吊るされたらたまらない。血は流れてないから、頭に血が上るってことはないけど、重力に逆らうのは気持ち悪い。頭から湯がしたたり落ちた。
 アレルヤは、俺の足と足の間をじっと見ている。
「いやーん。ハズカシー」
 視線を感じて、俺は手でそこを隠そうとしたけど、短いから届かない。振り回すばかりだ。
「ほんとだ・・・なにもない」
「何もってなに?!」
 アレルヤはくるりと俺を回す。
「ハレルヤが、ロックオンには大事なもんがない。●●●もお尻の●●もないって」
「そりゃそうだ。俺はぬいぐるみだぞ」
 一体何回一緒に風呂に入ったんだ。なんで気がつかない。今更何を言っている。
「そうしたら、僕たちどうやってアイシアウんだい?」
「は?」
 愛なんて言葉どこで覚えてきた? しかもただの愛じゃない。「愛し合う」だって?
 14歳のアレルヤは、奥手で天然でネンネだ。反対に、ハレルヤはませたエロガキ。いったい、アレルヤと風呂に入って何を話したんだ?!
「わかった。説明するから、逆さ吊りの刑から解放しろ」
 風呂から出て、ベッドのうえにアレルヤを正座させた。俺はバスローブ、アレルヤは、白いパジャマを着ていた。洗いたての髪がまだ濡れている。頬がほんのり上気して、桃色だ。こどもらしいラインのまだ残っている顔つきにみとれている場合じゃなかったけど、見てしまう。
「ロックオン?」
 俺は、白いパジャマのズボンを引っ張って、中を覗き込んだ。アレルヤは、パンツをはいてなくて、白い腹とその下のちんまりとした●●●が見えた。
「どうしたの?」
 アレルヤには警戒心などまるでなくて、俺にズボンの中身を覗かせたまま、大人しく座っている。ハレルヤは、食事が終わるとさっさと逃げ出していた。曰く『彼女と愛しあってくる』のだそうだ。
 双子なのに、アレルヤはまだ「ツルツル」なのにハレルヤには「生えて」いた。俺は、白いそれを眺めながら、どうしたものか考えていた。●●●がなくたって、女性を昇天させる術を俺は身に付けている。狙った的は外さない「スナイパー」の異名を取ってるくらいだ。それをアレルヤに試すのは、ためらわれた。ヘタな事をして、軽蔑されるのが怖かった。
「ねえ、そんなに見たら恥ずかしいよ」
 アレルヤがそう言うと、それがほんのりとピンクに染まり、ひくりと動いた。
「!」
 俺はあわてて、ズボンから手を放した。危なかった。一瞬、理性が飛びそうだった。
「なあ、アレルヤはまだ、雷が怖いのか」
 あわてて話題を変えたので、アレルヤは不思議そうな顔をした。
「うん。まあ」
「それは、まだお子様だってことだな。『愛し合う』を知るには、まだ早いよ」
 わざとらしく咳ばらいをした俺に、アレルヤは頬を膨らませた。
「・・・じゃあ。ハレルヤに聞くよ」
 困った時のハレルヤ頼み。俺がいちばん嫌がる方法をアレルヤは知っている。
「もう、この家で君とこのベッドで眠るのも最後かもしれないね」
 そんな殺し文句に俺の理性はきしみ始める。ここ数カ月合わない間に、ひょっとして、ハレルヤに・・・。
「アレルヤ」
 俺は顔を近づけた。銀灰の瞳に熊の俺が映っている。
「キスして」
 アレルヤは、ためらいもなく頬に唇を寄せる。俺はタイミングをずらして口でそれを受け止めた。
 キスなど、それまで数えきれないほどしていたが、性的な意味合いを持たせたことはなかった。挨拶のキスどまり。だから俺が唇を舐めてもアレルヤは口を開かなかった。ただ、唇を合わせているだけだ。
「口、開けて」
 そう言うと歯医者でするように口を開けた。色気もなにもないしぐさに、俺は吹き出しそうになったが、アレルヤが真剣な顔をしているのでやめた。
「特別なキスを教えてやる。俺以外外とはしちゃだめだぜ」
「ハレルヤとも?」
「ハレルヤとも!」
 こくりと頷いたその顔を、逃げられないように両手ではさみ、唇に口を押しあてた。柔らかい唇をそっと舐め、隙間に舌を差し入れ、硬い歯列をなぞる。さらに、奥まで侵入するとアレルヤが喘いだ。それには構わずに舌を吸い、粘膜を弄った。
「う、うふ・・・んん」
 息が続かなくて、かわいらしく喘ぐその声に、俺は腹の底が熱くなる。口の中が潤ってくるのを、そのまま啜りあげた。
「待って。待って。ロックオン・・・僕を食べないで」
 その言葉に、こんなキスは初めてなのだと知る。俺はほっと胸をなでおろした。
「いいか。こんなこと、俺とアレルヤだけの秘密だぜ」
「うん」
 そう言って、頷いた頬が上気して桃色に染まるのを、俺は見詰めた。
 ぎこちないキスだけど、俺は今まで誰としたキスより、興奮していた。それまで、アレルヤのことが好きだったけど、もっと好きになっていた。
 そして、とても怖くなっていた。
 ぬいぐるみの俺を彼がいつまで好きでいてくれるのか。
 いつか、「好きな人ができたんだ」と報告してきた時、冷静でいられる自信がない。
 そして、なにより、俺はアレルヤを幸せにする資格があるのか。
『君はアレルヤにふさわしくない』
 セルゲイ・スミルノフの言葉が頭をよぎる。俺は、熱くなった身体が冷えていくのを感じた。
 だってしかたないじゃないか。俺はぬいぐるみの『熊のロックオン』なのだから。

 

                                                 了 2013/12/11
                                                  4に続く