NOVELS


堕天使の楽園 5



 プトレマイオス2ー展望室。

「あの星は、ここからは見えないよ、ロックオン」

 展望室の床に座り込み、壁にもたれてぼんやりと宇宙を見る。

 シミュレーションやブリーフィング、整備の時間以外のほとんどの時間をアレルヤはここで過ごして

いた。一度、フェルトが来たが、アレルヤの姿を見ると、回れ右をして出て行った。

 突然、ドアが開いて、廊下の光がさしこんだ。強い光源に目がくらむ。とっさに立ち上がり防御の体

勢をとったのは、超兵としての反応だ。

 オッドアイが、鋭い光を宿した。

「あ、悪い。邪魔したかな」

 栗色の髪、翡翠の瞳。ロックオン・ストラトス《ライル・ディランディ》だった。ニールの弟だとい

うこの男とアレルヤは、二人だけになるのを避けていた。

 同じ顔、同じ声。・・・半身。似て非なるもの。・・・かつてアレルヤとハレルヤがそうであったよ

うに半身が同じとは限らない。むしろまったく別のものだ。理性はそう告げるのに、五感はそう判断し

ない。

 彼に会うたびに、引き裂かれる感覚に、アレルヤはストレスを感じていた。周囲に人がいる時は、理

性が勝っているからいいのだが、二人きりになったら、平静を保っていられるか自信がない。

 超兵として鍛えられた感覚が、意思を凌駕するのを恐れた。

「いえ。もう、行きます」

 目を伏せて、すれ違おうとして、手を掴まれた。

「待てよ」

 まっすぐに見つめられる。手を振りほどこうと思うのに、体が動かなかった。

「俺のこと避けてるだろ、アレルヤ・ハプティズム。そんなに俺が嫌いか、ニールと同じ顔なのが許せ

ないのか」

「そんなこと、ありません」

「じゃ、なんだ」

 腕をつかまれたまま、壁際に追い込まれる。ロックオンとアレルヤは背の高さは同じ程度だが、体格

が違う。ロックオンはしなやかな体躯の持ち主だが、アレルヤの筋肉は強靭で、普通なら、押さえ込ま

れることなどないはずだった。

 ロックオンは、抵抗されないよう、アレルヤの手を頭上に組ませ、手袋をした手でがっちりと壁に押

しつけた。息がかかるほど、顔を近づけた彼の眼は、怒っていた。

「もう、うんざりなんだよ。どいつもこいつも、俺にニールを見ていやがる。あらかじめ覚悟はしてき

たが、限界だ」

「特にあんただ。アレルヤ・ハプティズム。あんたは、俺にニールを重ねている。そのくせ、俺を《ロ

ックオン》とは認めていない」

 図星をさされて、アレルヤは呻いた。

「無理はねえ。あんた、ニールとできてたんだろ」

「そんなっ」

 アレルヤの頬が、朱に染まる。

「隠してもだめさ。あんたは、もろニールの好みだからな」

 ライルは、左手はそのままに、右手をアレルヤ顎の下に入れ、仰向かせた。アレルヤの首筋に、濡れ

た感触が走った。

「立派な体格、鍛えられた筋肉、そして温厚な性格。大型犬みたいなやつが好きだった。きれいな肌

で、敏感ならいうことないぜ」

 項を、生ぬるい感触が這いまわる。アレルヤは、細い咽喉をのけぞらせて、喘いだ。

「やめ、ろ」

「嫌だね。あんたには、自分ってものを思い出してもらう必要がある」

 長い指が、制服のファスナーを引き下ろし、胸元をなでまわす。はねのけなければ、とアレルヤの頭

は命じるのだが、舌と指先の感触に意識がいってしまい、力が入らない。

「こうやって、可愛がられてたんだろ。思い出せよ」

 手袋をした指先で胸の突起をなでられ、そのまま摘み上げられる。声が出そうになるのを必死に耐え

ると、目元に涙がにじんだ。

 恋人と同じコードネームを持つこの男は何者だ。

 理性が発する質問に体が反応する。

 戻ってきた。同じ顔。同じ声。同じ熱。同じ匂い。

 刺激が表層の感覚をすばやく通り過ぎて、眠っているものを呼び覚ます。

「ひ、ぁっ」

 耳朶を噛まれ、刺激に充血してきた胸元の突起を、強く引っ掻かかれて思わず声を上げる。

「敏感だな。いい反応だ」

「やめろ。あなたはニールじゃない」

 精一杯、声が震えないようにしたが、喉が渇いていて声がかすれる。ライルの体が引かれ、翡翠の眼

が、まっすぐにみつめてきた。

「俺は、最初からそう言っている。わかってないのはあんたのほうだ。ニールはもう死んだのに幻を追

っている。・・・だから、教えてやるよ。あんたの体に、俺はニールじゃないってな。俺が新しい《ロ

ックオン・ストラトス》だ」


 アレルヤの股間に、掌を押し付け、すでにそこが充実しているのを確認すると、ライルは楽しそうに

笑った。

「それとも、わかっていても、こうなるのかな。・・・淫乱だな」

「そう思いたければそう思えばいい。あなたには、なんの感情も・・・ない」

 翡翠の瞳を睨みつける。四年間、暗い檻の中で、夢にみていたのと同じ顔がそこにあった。ゆるくウ

ェーブのかかった栗色の髪、同じ色の細い眉、高い鼻梁。色の薄い唇。

 流されてはいけない。この男はニールではない。

 アレルヤは、必死で自分にそう言い聞かせた。

「そうだな。あいつもたぶんそう言うぜ。こんなのは、愛じゃない。欲望だってな」

 着衣の上から強く扱かれて、思わずアレルヤは呻いた。男の手が動き、前をはだける。ファスナーの

間から解放された性器が、みっともなく揺れている。充血したそれは、血管を浮き上がらせてすでに濡

れていた。

「やらしくて、かわいいよな、アレルヤは」

 ライルは手袋を外すと、素手で触れてきた。長い指が、絡みついてくる。爪の形までそっくりなの

で、アレルヤは混乱する。指先で与えられる直截的な刺激に、快感が背筋を駆け上る。巧妙な愛撫に腰

が揺れた。

「俺たちは稀代のテロリストだ。その俺たちが人並みに幸せを願えるわけはないよな。堕ちた天使は、

楽園には戻れない。お前は、マリーとは違う。こちら側の人間なんだよ」

 ライルは、片手でアレルヤを弄びながら、もう片方の手で髪を優しく撫で、耳元で囁く。

 その声で、そんなことを言わないでほしい。

 アレルヤは、ライルを押し返そうとしたが、力が入らない。

「俺たちに、許されるのは、エロスとタナトス。束の間の欲望と死だけだ」



 記憶がフラッシュバックする。四年前、同じことを言った人がいた。その人は、こう言った。

「ニール・ディランディは、私情で人を殺してきた。家族をテロで奪われた恨みを晴らすためだけに生

きてきた。ニールの名に未来はない。あるのは過去だけだ。今、お前を抱いているのはロックオン・ス

トラトス。成層圏の向こう側を狙い撃つ男だ。戦争の根絶を成し遂げようとする意志だけで現在を生き

ることを許されている」

「それは、僕も同じだよ。神を称える名を持つ人でなし。いつか裁きの下される日がくる。僕たちはそ

れを待っている」

 覗き込むと、翡翠の瞳が、濡れていた。




「ロック、オン・・・」

 抵抗するだけの気力はもう残っていなかった。はちきれそうになった茎を掌で扱かれ、指先で雫にま

みれた先端をくじるように刺激されると、アレルヤは、ライルの掌に、白濁を放った。ずるずると床に

へたり込もうとするアレルヤを、長い腕が抱きしめる。

「俺の名は、ロックオン・ストラトス。アレルヤ、俺を拒むな」



「アレルヤ」

 優しく、呼ばれた瞬間に、熱いものが押し入ってきた。内臓まで押し上げられる圧迫感に、涙が浮か

ぶ。苦痛とは異なる感覚に腰が揺れる。

 解されたとはいえ、隘路に全部を受け入れるには少し時間がかかった。苦しくて、深く息を吸う。一

瞬、力が抜け、そのタイミングを待っていたかのように、深くつき入れられた。

「あ、ああ」

 感じる部分を擦り上げられて、快感に喘ぎとも吐息ともつかない声をアレルヤは上げた。肺の中の空

気までが熱かった。

「アレルヤ」

 もう一度、呼ばれる。心配そうな翡翠の眼がみつめていた。

「ごめんな。辛いか?」

 首を横に振ると、キスが落ちた。眼を開けると、色の白い整った顔が桜色に上気していた。思わず、

自分から舌を差し入れて強く吸う。乾いた喉を潤すように、男の舌を貪った。

「んっ」

 艶めいた声がして、深く侵入しているものが、ズクリと動く。それに反応して、アレルヤの中あやし

く蠢いた。

「やらし。アレルヤの中、悦んでる」

「言わないで」

 首に手を回し、引き寄せた。それを、合図のように、男が抽送を始める。

「うっ、・・・うう」

 内壁を抉られ、追い上げられて、切れ切れに声を上げた。

「アレルヤ、俺の名前呼んで?・・・」

 そう言われて、アレルヤは混乱する。ぐちゅぐちゅと淫靡に響く音がうるさくて、考えがまとまらな

い。奥のほうからせりあがってくる快感に、思考がついていかない。

「ニー・・・ライル?」

 ありったけの理性をかき集めて、声に出した。

「いいや。ちがう。ロックオン・・・だ」

 そう言うと、男はアレルヤの腰を掴み、内壁をかきまわすように抉った。揺さぶられ、突き上げら

れ、探られて、アレルヤは、快感に震え、穿たれた楔をさらに深く受け入れようと、自ら腰を振って

いた。

「ロックオン! ロック・・・オン」

「いいぜ、アレルヤ。お前の中、締まって食いちぎられそうだ。もっと感じて、俺のこと欲しがれよ」

 再び力を取り戻し、快感に雫を滴らせながら揺れているアレルヤのものを、白い指が捕らえ、同じリ

ズムで扱き上げる。

「ああ・・・あ、だめ」

 男の腕に縋り、波に呑まれまいと首を振る。髪は汗に濡れて、額に張り付いている。額に手をやる

と、大きな傷痕に触れた。半身の死すら、快楽の向こうに忘れようとする己の罪深さを思い出す。

 抱かれることの歓びと怖れにさらに体が敏感になる。涙が溢れて止まらない。

「泣くな、アレルヤ。泣くな」

 暖かい唇で、涙を吸い取られる。そのまま、深く口付けをかわす。

 互いのすべてを貪ろうと舌を絡めあった。

「アレルヤ!」

 ひときわ強く呼ばれて、最奥を濡らされる。待ち焦がれていた刺激に堪えきれず、アレルヤは再び

欲望を解き放った。




「もう、泣くな。アレルヤ」

 耳元で優しく囁く声がする。

 アレルヤの瞳から溢れた涙は、低重力のため、水玉になってきらきらと浮かぶ。背後から抱き締めて

いる腕がゆるみ、肩先にキスが落ちた。暗い宇宙を見ている二人の影が展望室のスクリーンに映ってい

る。

「ロックオンは帰ってきた」

「はい・・・」

 耳の後ろを舌先が這う。

 激しい行為のあと、アレルヤは現実に戻れていないのか、返事が上の空だ。

「もう泣くな、アレルヤ。泣くのは俺と一緒の時だけにしろ」

 アレルヤは、こくりと首を縦に振る。

「かわいい、アレルヤ」

 首筋を舐めていた舌が肩にいたり、そこを強く吸われて、体がびくりと反応する。

「いい子だな、アレルヤ。俺たちに許されているのはエロスとタナトス。この殺戮の時の間、俺はお前

を愛してやる。すべてが終われば俺たちは裁きを受ける。その先にあるのは死だ。・・・怖いか」

「ええ。ロックオン」 

 再び、水玉が漂う。

「そうだな、俺も怖いよ。本当は。・・・でも」

 男が手を上げる。指差す先には、星の海が広がっている。

「ニールが待ってる。あの闇の先にニールが待ってる。だから、怖くない」

「ハレルヤ・・・」

「そうだな。お前の半身もそこにいるだろう。・・・だから、泣くのはよせ。俺がお前を連れて行って

やる、アレルヤ。神の祝福のない、闇の中でも、俺はお前を離さない。そして、ニールとハレルヤに会

うんだ」

「ロックオン・・・ロックオン」

 アレルヤは、男の首に縋りつくと、ただ、涙した。

「だからさ、みんなの前では笑っていろ、な。そしてあの子を、マリーを守ってやるんだ」


     *


 ライルが定時報告のため、スメラギ・李・ノリエガの部屋を訪れると、彼女はスコッチを生のままで

舐めているところだった。報告の間もグラスを離さないスメラギに、彼は言った。 

「あんたも相当イカレてるな」

「それ、褒め言葉として受け取るわ。・・・それと、ありがとう」

「なんだ?」

「アレルヤのこと」

 スメラギは、唇をゆがめるように笑い、ライルを見た。それが気に障った。

「礼を言われるようなことかよ。スメラギ・李・ノリエガ。、あんたはほんとうにひどい女だ。俺が知

っているなかでも一番の性悪だ。アレルヤにマイスターとしての自覚を取り戻させる。そのためなら何

をしてもいいなんて、ひどいミッション組みやがって」

「でも、あなたはやってくれた」

「俺が、アレルヤに何をしたのか聞かないのか」

「必要ないもの」

「たいした自信だな。俺が何をするかなんて、お見通しだったわけだ」

 強引に関係を持ち、強制的に自分をロックオンと認めさせた。アレルヤがさらに混乱するのを恐れた

が、それは、杞憂に終わっていた。今は気持ちも落ち着いたらしく、マリー・パーファシーを気遣い、

柔和な笑顔をみせるようになっていた。もしかしたら、あの笑顔を失っていたかもしれないと思うと、

ひやりとする。

 誰も見ていないスキに、こっそり唇を奪うと、美しいオッドアイが潤んで、誘うような表情になる。

それが、ロックオンだけに許されたものなのだと思うと、たまらなく愛しかった。カタロンのスパイと

いう立場を離れて、ここにいる理由を見つけられる気がした。

 スメラギは、腕を組み、戦況予想を話す時のようにライルを見た。

「アレルヤ・ハプティズムはロックオン・ストラトスを拒まない。これが、前提条件。そして、ロック

オン・ストラトスの戦う理由はなにか。簡単でしょ」

「簡単なもんか。俺にはアレルヤの迷いがほんとうにふっきれたとは思えない」

「そうでしょうね。でも今は、それでいい。彼を失うわけにいかないのよ」

 グラスを持ち上げると、スメラギは苦く笑った。

「人の気持ちを弄びやがって」

 ああ、この女の足元には、どれだけの男の死体が転がっているんだろう。

 ロックオン・ストラトスは深い溜息をつくと、戦術予報士に背を向けた。


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>了 2009/07/8


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