NOVELS


堕天使の楽園 8




「全部脱いで、全部見せて」

 プトレマイオスのロックオンの部屋。

 裸になるのはいつものことなのに、アレルヤはためらっていた。ライルが服を着ていて、自分だけが

裸になるのが恥ずかしいのだろう。
 
 ライルは服を着たまま、ベッドに脚を投げだして座っている。アレルヤは前を向いていられなくて後

ろを向く。電源の入っていないモニターが、暗い鏡のようにアレルヤの裸体を映し出した。

「そっちを向いたら、見えない」
 
 命令する声が、少し不機嫌だ。いくらトレミーの設備が整っていても、艦内に閉じ込められている生

活は、ライルには窮屈でならない。

 それに加えて断続的に行われるアロウズの奇襲。このところトレミーのクルーは緊張の連続だった。

現に今だって待機中だ。
 
「だって、明るいし・・・恥ずかしいよ」

「ここには、俺とアレルヤしかいないよ。お前、この間の戦闘で怪我したろ。治ってるか確認しないと

な。・・・おいで。こっちに来て、キスして?」
 
 キスをねだられて、アレルヤは赤くなった。

 ベッドに上がったアレルヤとついばむように唇を合わせたあと、緩く舌を絡めあった。顎をとらえ、

深く貪る。

 手袋は外している。掌で、胸元からわき腹を撫でまわす。指先が触れるところが順番に熱くなってい

く。胸に指先を置いているだけなのに、愛撫に慣れた身体は反応して、その先を求めるようにうすく染

まる。キスを解くと、首筋に裸の腕が回されて、耳朶を甘く噛まれた。

 そのまま、ベッドに押し倒す。

 指先で内股を撫で、ぴちゃりと音をさせて小さな突起を吸い上げると、アレルヤの背が、快感にしな

った。吐息を洩らし、唇を噛む。

「声出せよ・・・。感じてるの、そうやって耐えてるのも、かわいいけど」

 アレルヤが首を振る。トレミーの個室は完全防音だから声が外に漏れることはない。それでもブリッ

ジではラッセが、エンジンルームではイアンか沙慈・クロスロードが作業をしているだろう。聞かれる

ことより彼らに後ろめたい気がしているのかもしれなかった。


 掌を合わせて、キスをした。

 撫でまわし、舐めまわし、指の先まで味わった。

 耳朶を噛み、舐めると、アレルヤは、くすぐったがって首をすくめた。

 柔らかい双丘に指先を這わせる。蕾は快楽を覚えていて、襞を広げるように柔らかく触れると、それ

を奥へ導こうとする。さすがに耐えられなくなったのか、声が上がった。

「あ・・・あぁ・・・や・・・」

「いい声だしちゃって。・・・気持ちいい?」

「あ・・・ロックオン、だめ」

 アレルヤの腰が揺れる。

「なにが、だめなの? 俺はさ、ロックオンなんだろ」

 引き締まった背に手を添え、横たえる。身体をずらし、脚の付け根に唇をつけた。アレルヤの肌理の

細かい皮膚のなかでも、そこは特に滑らかで柔らかい。強く吸うと赤く痕がついた。軽く歯をあてる。

「いたっ、痛いから・・・」

 抗議を無視して、同じような痕をいくつもつける。太腿が震え、アレルヤが、呻く。
 
 身体を起こして、口づけた。アレルヤの唇は乾いていた。

 この間、アレルヤが治療された時、スタッフは気がついたはずだ。戦闘による負傷以外の傷。あから

さまな情事の痕。爪の痕やキスマークや、歯形。

 ライルは、行為のたびにアレルヤに印を刻んだ。最初は、軽いキスマーク程度だったものが、爪を立

てたり、噛みついたりして痕を付けるようになった。

 そして、それを人が見るように仕向ける。それが最近エスカレートしていると、自分でも感じていた。
 
 アレルヤの愛していたロックオンはライルではない。ライルは、そこから抜け出せない。

「こういうのも、嫌いじゃないだろ」
 
 深く忍ばせた指を動かしながら、敏感なところに甘く歯を立てた。感じやすい肌は、痛みをすら快感

にすり替える。眉を顰めるのは、苦痛のためばかりではない。アレルヤは、目元を薄く染め、浅く息を

して、快感に耐えている。

「どうしてほしい?」

「ロックオンのが・・・ほしい」
 
 掠れた声に我慢がきかなくなって、押さえつけた。アレルヤが、長い脚を器用に使って、タイミング

を合わせてくる。

「あぁあ・・・んっ」

 甘い、嬌声が上がる。その声がもっと聞きたくて、腰を使った。締め付けられて喰いちぎられそうだ

った。

「いいぜ。アレルヤ。お前ん中、すごく、熱い」

 この身体は俺を認めている。今は俺を求めている。そう思うと嬉しくて、胸の底が熱くなる。

 首筋のきれいなラインをみせながら、蜜色の身体が鞭のようにしなう。黒い髪が、糸のようにシーツ

に乱れる。流されまいとするように、指がライルの腕にすがりつく。

「ロックオン・・・ロックオン!」
 
 湿った声に、煽られる。

「アレルヤ、俺を見ろよ」
 
 アレルヤが、濡れた瞳で見返してくる。キスをねだるように口を開けるので、誘われるままに口づけ

る。互いの舌を貪り、喉を潤す。アレルヤが背に腕を回し、抱きしめてくる。

 声にならない叫びが上がり、熱いものが掌のうちで弾けた。とろけたようになっていた内壁が収縮す

る。快感に眼の前が白くなる。

「アレルヤ!」

 欲望を受け入れて、共に快楽の淵に沈んでくれる手を握り締めた。


 時計は明け方近くをさしていて、あと三時間もすればブリーフィングの時間だった。

 シャワーを浴び、情事の残滓を落とした。

 ライルはアレルヤの肩を抱き、煙草に火をつけた。

「・・・僕たち、もう会わないほうがいいと思うんだ」

「どうして」

「だって、あなたはお兄さんを、ニールを忘れられないでしょう」

 立ち上る紫煙を目で追う。別れ話は、事後と相場が決まっている。

「忘れられないのは、お前のほうだろう、アレルヤ」

「そうだよ。だって、僕たちは出会った。共に戦って、愛し合った。それを忘れることなんてできな

い。あなたはそれを許せないんだ。僕がニールを忘れないことを」

「そうだ。おまえは、ロックオンを、ニールを忘れない」
 
 アレルヤの胴に腕を回す。アレルヤの肌はひんやりとしていた。

「僕を抱くたび、お兄さんのことを思い出すんでしょう。あなたはそのたびに傷つくんだ。僕がニール

を愛したから。あなたが知らない間に、ニールが僕を愛したから」

「俺は、お前の過去に嫉妬しているんだ。お前が愛しているのは誰だ? ニールはもういない。お前

は、ニールを愛した分だけ憎んでいる。だから、俺に抱かれるんだろう。愛も憎しみも、兄さんの物

だ。では、俺は? 俺はお前のなんだ」
 
 アレルヤの肩に頭をつけた。さっきまで、熱く抱いてくれた腕は、今はよそよそしく、だらりと力を

失っている。

「ロックオン。僕が愛しているのはロックオンだよ」

「アレルヤ。そんな男はいない。ここにいるのは、俺だ。ライル・ディランディだ。ニール・ディラン

ディは死んだ。ロックオンなんて男はいやしない。お前は、幻想を愛しているんだ」

「違う。あなたには、わからないんだ。僕がどんなにロックオンを愛しているか」

「アレルヤ。俺にはお前がわからない。さっきあんなに愛し合ったろ? お前は俺の下で喘いだじゃな

いか。あれは嘘なのか」

「そんなこともわからないの?」
 
 金と銀灰の眼が見つめてくる。

「愛している」と告げ、「嘘つき」と叫ぶ眼。

「嘘はない。・・・ロックオン」
 
 アレルヤは、そう言ってベッドから降りると、服を取り、裸足のまま部屋を出て行った。


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                                 了 2009/11/13



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