NOVELS


雨 1 


 
 ※1

 ロックオンと結婚した。

 ソレスタルビーイングは本格的な武力介入を前に、水面下の任務を行っていた。

 僕とロックオンは地上に降りて、しばらくの間、東京でふたりだけで生活することになった。ふたり

で生活するなら結婚しようと言われて、僕は素直に頷いた。僕はロックオンが好きだったから断る理由

がなかった。

 教会で、ふたりだけの式を挙げ、指輪をかわした。それから役所に行って、入籍した。もちろんそれ

は偽の戸籍だったけれど、僕はそれすら持っていなかった。

 書類に年齢をかき込む時、「いくつ?」と聞かれて、「19歳」と答えると、「みえねえな」と、翡

翠の瞳を見開いた。ロックオンは「俺は24だ」と片目をつぶる。5歳の年齢差が僕には大きく思えて

「大人なんだね」と言うと、ロックオンは、

「東京では不思議なことに、お酒と煙草は20歳になってからだけど、結婚は18歳からできるんだ」

 と、言い訳のように呟いて頭を掻いた。僕たちは稀代のテロリストになるのに、そんなことを気にす

るのが可笑しかった。

「スメラギさんに言ってもいい?」

 僕が尋ねると、ロックオンは首を振った。

「いいや。アレルヤ。これはふたりだけの秘密だ」

 神父さんの前で誓いのキスをかわす僕たちは、ロミオとジュリエットのようだった。誰にも祝福され

ず、家族のしがらみにとらわれて、それでも愛し合わずにいられなかった恋人たち。

 任務のために東京に借りた家が僕たちの新居。

 閑静な住宅街の外れ。駅から歩いて25分。

 築40年の木造平屋。瓦の屋根に畳の部屋。居間に食堂に寝室用の洋室が2つ。狭い庭に面して木の

廊下がある。縁側というのだと、大家さんが教えてくれた。ふたりで住むには広い家だけれど、ゆった

りとしていて僕は気にいった。

 ロックオンは、この家から毎日会社に出勤する。彼の身分はソレスタルビーイングの用意した調査会

社の社員だ。

 僕は留守番。

 家にいて、掃除をし、洗濯をし、買い物をして食事の用意をする。狭い庭があるので草花の世話もす

る。

 ハロはペット。

 スメラギさんは、トレミーに置いて行くように言ったけど、ロックオンはきかなかった。

「ハロは俺の相棒だかんな」

「なによ。お気に入りばかり連れていくつもり?」

 スメラギさんは、ロックオンの企みにうすうす感づいたみたいだけれど、やれやれという顔をしただ

けで許してくれた。

 ロックオンは、これじゃ「新居」じゃなくて「出張所」だって文句を言いながら、この家を探してき
た。

 どうして和風の家を選んだのかは教えてくれなかった。磨かれて光っている廊下。剥き出しの木の柱

に温もりを感じる。縁側に座っていると、名前を知らない鳥が庭の木の実をついばみにくる。春の陽が

障子に反射して畳の部屋はほんのりと明るい。

「ただいま」

 ロックオンの任務については、人物調査だとしか教えてもらえなかった。彼はサラリーマンらしくス

ーツを着て、朝出掛けて夕方帰ってくる。だいたいは5時すぎだけれど、昼過ぎのこともある。そんな

時は機嫌がいい。花やプリンを買ってきてくれる。両手がふさがっていると、玄関先で僕を呼ぶ。玄関

の格子戸は引き違いで、古びた曇りガラスが嵌めこまれている。鍵は中からしか開かない。呼ばれて僕

は、あわてて鍵を開ける。

「おかえり。連絡してくれればいいのに」

「なんだ。早く帰ってきちゃだめなのか? 俺の留守によその男を家に入れてないだろうな」

 ロックオンは、僕にお土産の袋を渡すとさっさと靴を脱いで奥へ上がってしまう。

「そんなわけないでしょう」

 その日のお土産は、プリンだった。大ぶりのガラスのカップに濃い黄色のカスタードが美味そうだ。

袋から取り出したプリンはまだ冷たかった。

「コーヒー、淹れますね」

 振り返ると、ロックオンは手袋を外している。大きな手。長い指。整った形の爪。きれいな手が、時

計を外し、ネクタイを緩めるのを僕は見詰めていた。ワイシャツのカフスを外しながら、ロックオンは

僕の傍に立つ。

「アレルヤ。コーヒーより挨拶」

 白い頬が差し出される。僕はそっと唇を寄せる。

「おかえり。ロックオン」

 いってらっしゃいとお帰りと、おはようとおやすみと。

 ロックオンは挨拶のキスを僕にねだる。彼はその時の気分で、頬や額や唇を差し出す。僕はそこに唇

を触れるだけなのだが、ほんのりと彼の匂いがして、とても温かい気分になった。人目のあるトレミー

ではできないことだ。

 ソファに並んで座り、プリンを食べる。彼はスイーツよりアルコールが好きだから、ギネスを買って

きて、それを飲んでいる。スリープモードのハロは部屋の隅で大人しくしている。

「おいしいよ。このプリン。どこで買ったの?」

「駅前の新しい店」

 僕は、真新しい白い扉の店を思い出す。

「アイリッシュパブの隣?」

「そう。経営者が同じとかで、ケーキのほかに焼き菓子やギネスを売ってる」

「ロックオンにはぴったりの店だね」

「それはギネスのついでにケーキを買ってこいってことか」

 太るぞって、指先で僕の腹をつつく。

 それを合図にして、お互いに指先でつつき合い、くすぐり合ってソファで絡み合う。ソファは男二人

が寝そべるには狭くて、僕たちは床に転げ落ちた。ロックオンは笑って、「向こう行こう」っていう。

 リビングの隣の和室に僕たちはもつれ合って、横たわる。表替えをしたばかりの畳は、草の香りがし

てひんやりとしていた。障子の向こうは縁側で、ガラス戸は閉まっていなかったはずだ。

「窓、閉めて」

「声ださなきゃ、わかんねえよ」

 畳の冷たさに抱き合った身体の温もりを知る。腕の中は心地よく、僕は目を閉じる。張り替えたばか

りの藺草の香りがする。さえざえとした草の香りと温かいロックオンの匂い。

「畳の部屋って好きだな」

「俺も。なんたって部屋全部がベッドだ」

「ふふ」

 白い項に顔を埋めると、僕の胴に回った腕がからみついてくる。指先がシャツの中に入ってきて僕の

背骨を数えるように動くのがくすぐったい。長い指が巧みに動いて、いつの間にかシャツとジーンズを

剥ぎ取られている。

「ロックオンも脱いで」

 僕が手を伸ばすと、笑いながらワイシャツを脱いでくれる。彼の肌が障子越しの光のなかに白く浮か

び上がった。広い胸板に掌をつけて撫ででみる。トクトクと彼の心臓の音が掌に伝わってくるみたいだ。

「アレルヤのエッチ」

 そう言われても、否定はしない。こうして、畳の上で抱かれるのは初めてではない。木の床と違って

畳は柔らかく、湿度がある。藺草の編み目の上に寝ているのが心地よかった。開放感のある部屋で、昼

間、素裸で抱き合っているのは非日常的で恥ずかしい。ロックオンがベルトを外すカチャカチャという

音に、身体が昂ぶっていく。

 指先で顎を抑えられてキスをする。覚えたばかりの大人のキスは、まだ上手にできない。

「ゆっくりと俺の口の中、舐めて」

 耳元で優しくそそのかされて、僕は舌を伸ばす。薄く開かれた唇をなぞり、舌の先を絡めた。柔らか

くて気持ちのいい感触にひたっていると、彼の舌がぬるりと奥に入り込んでくる。

「それじゃ、足りねえ。もっと、口開けろ」

 深く貪られて、僕は彼の肩に縋る。ロックオンは、長い脚を僕に絡ませて、太股をぐりぐりと押し付

けてくる。彼の太股に刺激されて、僕のものは熱くなってしまう。身体の変化を悟られまいと腰を捩る

けど、押さえつけられていて動けない。背に回った指が、背から尻にかけて探っている。

 こういう時、僕はロックオンを大きな人だと感じる。僕たちの背丈は同じはずなのに、僕は彼に、す

っぽりと抱かれている。キスを解いた唇が、頬や耳朶や項を丁寧にたどる。その仕草が「放さない」っ

て言われているようで僕は安心して、息をつく。

「どうした? 溜息なんかついて。俺とするの、嫌なのか?」

「違うよ。気持ちいいなって」

 僕の言葉にロックオンは、身体を起こすと、口角をあげて笑った。

「余裕だな、アレルヤ・・・じゃあ、もっと感じさせてやる」

「や・・・あぁ」

 両足を掬いあげられて、腰が浮く。勃ち上がって滴を垂らした僕のものを、ロックオンは掴むと扱き

上げる。そのまま、先端から咽喉の奥に呑まれた。括れに軽く歯を当てられて、僕はひくりと反応す

る。滑らかな粘膜と固い歯の感触。吸われてしゃぶられる感覚に、腰の後ろに熱がたまっていく。

「ロックオン。・・・きもち・・いい」

 返事の代わりに、ジュブジュブと、いやらしい水音。彼の口中の熱が、薄い皮を通り越してダイレク

トに伝わってくる。僕は、その熱が身体全体に行きわたるように腕を広げ、力を抜いて畳の上に転がっ

ている。

 天井の木目を眺め、指先で藺草をなぞる。障子の向こうの気配に耳をすます。緑が多く酸素とフィト

ンチッドの豊富な空気は、甘い。縁の下からゆっくりと湿気が這い上ってくる。ほこりと土の匂い。

 静かな住宅街だ。庭の向こうの隣家には、独り住まいのお年寄りが小さな犬と暮らしている。白い小

さな犬はマルチーズというのだと、教えてくれた。マルチーズは、僕の気配を感じると吠えるが、今は

大人しくしている。おじいさんと居眠りをしているのかもしれない。

「ロックオン・・・そこ、だめ」

 意識を外に飛ばしている間に、ロックオンの指が、僕の中に入ってくる。最初はためらいがちに、そ

れから強引に。舌と唇の愛撫に僕のものは熱くなって張り詰めている。重くなった袋を弄んでいた指

が、間違ったふりをして中に忍びこんでいた。

「ここがいいだろ。こりこりしてる」

 僕の抗議など、おかまいなしに、ロックオンは牡の先端に口づけて、溢れる滴をちゅうと吸う。快感

にぱくぱくと口を開いたところを、舌先でぐりぐりと押し広げてくる。それだけでも、犯されている感

じでいっぱいなのに、長い指が前立腺の辺りをいったりきたりする。

「ああっ。だめだよっ・・・。でちゃう」

「いいぜ。我慢すんな」

 深く呑まれ、強く吸われて、僕は彼の上あごに先端を押しつけて、出してしまう。放出する快感と、

彼の口の中を汚してしまった後ろめたさ。彼の咽喉に吸い込まれそうな感覚と、こくりと嚥下される恥

ずかしさ。

「はっ・・・あぁ・・・。いや」

 ロックオンは僕にキスをしようとした。彼の濡れた口元と潤んだ瞳に恥ずかしさがつのって僕は顔を

そむけた。ロックオンはそっと僕に覆いかぶさると、髪に指先を滑らせて耳元に囁いた。

「アレルヤの、美味かった・・・」

 僕は指先で藺草の目を引っ掻きながら、どう返事をしたものか考える。

「僕のなんか・・・汚いよ」

「そんなことねえよ・・・お前さんは、綺麗だよ」

「それは、違うと思う。綺麗なのはロックオンだよ」

 ロックオンは、「おやおや」と言って肘枕をすると、僕の横に寝そべった。指先で僕の頬を撫でる。

横目で見る彼の胸は薄く色付いた乳暈に飾られている。

「俺はアレルヤがほしい。身体の隅々まで、キスして舐めまわして、食っちまいたい」

「動物みたい」

「だって牡だもん、俺」

 翡翠の瞳が、情欲のなごりで潤んでいる。こんな顔をする彼を他の人は知らないだろう。セックスを

する時、彼の白い肌が薄赤くそまり、息遣いが荒くなっていくのが、怖くて楽しい。いつもと違う彼の

顔を僕は見たい。

「僕は、ロックオンになら食べられてもいい・・・よ」

 ロックオンは、「そりゃあ、いいねえ」と笑った。

「俺に食われるってことは、アレルヤはうんと恥ずかしいことしなきゃなんねえってことだぜ?・・・

いいのか」

 顔を見られたくなくて、眼をつぶり僕は両手で覆った。

「いいよ。・・・だって、僕、ロックオンと結婚したんだ」

 ロックオンは笑うだろうと思ったのに、なんのリアクションもなかった。聞こえなかったのかもしれ

ないが、もう一度言う気はなかった。指の隙間から様子をうかがう。彼は、僕のほうを見てはいなかっ

た。端正な横顔に哀しみと愁いが浮かんでいた。翡翠の瞳が潤んでいる。しかし、その表情は一瞬で、

僕の視線に気がつくと笑みを浮かべ、明るい顔になった。

「いい子だ。アレルヤ」

 胸元に抱き寄せられる。僕は彼に寄り添い、胸に耳をあてて鼓動を聞く。生きている人の音がする。

 外はいつの間にか雨が降っているらしい。葉を叩く水の音がする。

 僕の脳裏に彼から安らぎとほんの少しの不安が流れ込んでくる。

 僕は目を閉じて、ロックオンの心臓の音と雨の音に耳をすませた。



 ⇒雨2

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