NOVELS


休憩時間 



                    祝 映画公開



 プトレマイオスに、久々の再会を喜ぶクルーたちの明るい声が満ちた。白いパイロットスーツに身を

包んだアレルヤに、ミレイナが歓声を上げた。

「ハプティズムさん、髪のびたです。ポニーテールもできるです。ねえ、ストラトスさん」

 少し離れたところに立っているライルを、ミレイナが振り返った。2年間のブランクがあるとはい

え、ロックオンとアレルヤの仲の良さを彼女は忘れていなかったのだろう。

 ミレイナの言葉に、ライルは苦笑いする。すこしは大人になったかと思っていたが、年齢の近い者と

一緒になれば、状況にかかわらず、楽しいことを思いつくらしい。

 アレルヤが、ライルを振り返ると、尻尾というよりはたてがみにも似たつややかな黒髪が、ばさりと

背で踊った。ライルは、陽に焼けた顔に、ほんの少し怯えるような表情が浮かぶのを見逃さなかった。

「俺が結んでやろうか」

「え? それは、困るな」

 ライルの言葉にアレルヤが頬を染めた。「遠慮するよ」と言って俯いてしまう。その仕草に、ふと疑

問がわいた。

 一休みすることになって、ライルは白いパイロットスーツの袖を引いた。

「お前の制服は、俺が預かってる。取りに来いよ」



 思いのほか、来訪者の訪れは早かった。

 背後で、ドアが閉まるのを待ちきれずに、アレルヤを引き寄せてキスをした。アレルヤは抱き寄せた

瞬間こそ身体を固くしたが、唇を重ねると、力を抜いて大人しくライルの腕のなかにおさまった。

 互いの唇の皺をなじませるように柔らかく押し付ける。誘うように口をあけるアレルヤの舌をゆるく

吸い上げた。深く息をしたアレルヤの胸が上下する。ライルは薄く眼を開き、アレルヤの顔を盗み見

た。陽に焼けた頬が薄く染まっている。深く求めると長い睫毛が揺れて、きれいな眉を顰めた。

「ん、ふ」

 鼻にかかる甘い息をついて、アレルヤはライルのキスを受けている。柔らかい粘膜を舐めてやりなが

ら、項に指先を触れ、耳の後ろに滑らせる。髪が結ばれているせいで、そこは無防備だ。滑らかな感触

に、快楽は指先からも味わうことができるのだと知る。

 アレルヤが腕を伸ばしてきて、ライルの髪に指をうずめ、指先でかき回すようにする。そのまま、頬

に手をそえると、眼をあけてキスを解いた。

「ロックオン。・・・ずるいよ」

 キスの間、眼を開けたことを怒っているのか、ちょっと頬を膨らませるのが可愛らしくて、ライル

は、もう一度、アレルヤの唇をついばんだ。

「どっちが。人の好意を無にしやがって」

 髪に手をやる。

「髪、ポニーテールにしてやるよ」

「いやです」

 アレルヤは、きっぱりと言うと、結んでいた髪を自分で解いた。

「なんで。ちょっと女の子っぽいけど、恥ずかしがるようなことかよ」

「そんなことないよ、恥ずかしいよ。子供じゃないんですから」

 ライルは、未練がましくアレルヤの黒い髪を指で梳いた。アレルヤは、ライルの腕を抜け出すと白い

パイロットスーツを脱ぎ始めた。アレルヤの制服がライルの部屋にあるのはほんとうで、ベッドの上に

置かれていたそれをみつけると、アレルヤはカバーを破った。

 ライルは、椅子に座り、アレルヤが着替えるのを眺めた。

 2年前とアレルヤはそう変わっているように見えなかった。しなやかな身体をしているのは薄いイン

ナーを着ていてもわかる。長い脚、張った太股。背筋ののびた背に黒い髪がかかる。スーツを脱がせて

やらなかったことを、少しだけ後悔した。

「結ぶのがいやなら、なんで伸ばしたんだ?」

「願をかけたんです。願いを」

「願掛け」とは、レトロな事をする。どこかで、教えてもらったのだろうか。

「へえ。どんな?」

 立ち上がってアレルヤの背後に立つと、ライルは黒い髪に触れた。つややかで、腰のある黒い髪。

アレルヤの髪の匂いが鼻腔を掠める。両手で掬い取った髪を一つにまとめ、耳の後ろより少し高い位置

で結んだ。

「ポニーテール。・・・かわいい俺の仔馬は、どんな願いを神様にしたんだ?」

 剥き出しの項にキスを落とす。

「それとも、女神様?」

 耳元でそう囁くと、鳩尾に肘がきた。

 あやうくそれをかわすと、ライルは、インナーを脱いだアレルヤを、背後から抱きしめた。肌のぬく

もりがダイレクトに伝わってくる。その熱をもっと感じようと、アレルヤの胸に両の掌を這わせ、首筋

に頬を寄せた。あたたかいアレルヤの肌の匂いを吸いこむ。

「無事に戻れますように。僕の大事な人のところに戻ってこれますようにって」

 アレルヤは、身体をひねりはしたものの、ライルを振り払うことはしなかった。 振り返らず、前を向

いたままじっとしている。

 黙って、互いの体温が混じり合うまで、そのままでいた。ライルは、掌にアレルヤの心臓がトクン、

トクンと規則正しく動いているのを感じていた。

「アレルヤ・・・願いはかなったのか」

「はい」

 アレルヤは、ライルの腕をとり、手の甲にキスをした。身体を入れ替え、ライルの肩に頭をあずけ

た。

「僕は、あなたの所に戻ってきた。ロックオン」

見下ろすと、アレルヤは、金と銀灰の瞳を上げた。下から掬いあげるようにライルを見る表情に華やい

だ雰囲気がある。初めて見る顔でもないのに、その色香に胸を突かれた。

「よく言うぜ、まったく。お前さんは俺が迎えに行く時はいつも女連れのくせに」

 怒るよりライルは笑ってしまう。もう一度キスしようとすると、ポニーテールは、ライルの腕からす

るりと逃げた。

「マリーは特別な人ですから」

 ライルが肩をすくめると、アレルヤは屈みこんで自分の荷物の中から何かを取り出し、ライルに差し

出した。

「切って。僕の髪、切ってください」

 差し出されたのは、登山ナイフだった。細身で、手に取ると見ためよりは軽い。

「なんだよ。ポニーテールが不満か? 可愛いのに」

「いいんです。願いはかなったし・・・もう、仔馬(ポニー)じゃない」

 そういうと、アレルヤは潔く背を向けた。

 ライルは、その名の通り尻尾のように長くしなやかな髪を、なごり惜しげに2、3度撫でると、思い

きって切った。

 それは、まるで儀式のようで、昔、日本の侍が切腹する時に自分の遺髪を残したことを連想させた。

手の中に残る黒い髪は、アレルヤの2年間の思い出の形見か、それとも新しい戦いへの決意の象徴のよ

うだった。そのまま捨てる気にはなれず、アレルヤに見られないようにライルは片付けた。

 毛先が肩のあたりで踊っている姿は、以前と変わらないようでいて、少し大人びて、いちだんと凛々

しく、きれいになった気がした。

 ナイフをしまうと、ライルはもう一度、アレルヤを引き寄せた。

「仔馬じゃないって? じゃあ、どれくらい大人になったのか確かめていい?」

 細い顎に指をかけてキスをする。

「あなたって人は、もう・・・。スメラギさんが待ってますよ」

 優等生のような口をききながら、アレルヤは拒もうとはせずに、ライルの首に腕をまわしてきた。

 とろけるような、長いキスをする。

「俺がアレルヤを確かめる間くらい、待ってくれるさ。一休み、ご休憩って言ったろ」

「確かめるって?」

「ロックオンとアレルヤの、情報を交換するのさ。そして、すべきことをする」



 トレミーの狭いベッドに並んで横になるのは久しぶりだった。互いに腕をからめて、存在を確かめ

るように抱きあった。

「休暇は楽しかったか」

 返事の代わりに、アレルヤは身体を起こして、唇をあわせるだけのキスをする。

「ハレルヤはどうした?」

 額にかかる髪をライルが摘まみあげる。金と銀灰の瞳に、自分の顔が映っているのが見えた。

「あの時・・・ハレルヤがね、『ほら、お迎えだ』って」

 薄くそまる眼元に口付ける。瞼も頬も顎も、触れると温かくて、ライルは胸の底が温かくなる。胸

の中に蜜色の身体を抱き込んで、ゆっくりとキスをする。疲れていたのか、アレルヤは唇をあわせた

まま、眠ってしまった。ライルは、短くなった黒髪を弄びながら、睫毛の濃い眼元や口付けを誘うよ

うに薄く開かれた唇を見ていた。

 しばらくすると、スリープモードだったベッドサイドのハロが、眼を覚ました。

「ロックオン! 時間! 時間!」

「はい、はい。ハロさん。ちょっと時間延長してくれよ」

 ハロをスリープモードに戻そうとするライルの腕を、アレルヤは、そっと押さえた。

「ロックオン。僕は戻って来た。・・・これからはあなたと一緒だ」

「そうだな、アレルヤ。・・・じゃあ、二年間の不在を埋めるべく、たっぷりと、濃厚に、お前のこ

と教えてくれよ」

「ロックオンのことも教えてくれるなら。・・・いいですよ」

 銀灰の瞳が潤んで、口元に笑みが浮かぶ。

「上等」

 ライルはそう言うと、アレルヤの短い髪をなで、もう一度キスをした。





                                  了 2010/10/03




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