NOVELS


おせち
LYLE / ALLELUAH 



 トレミーでロックオンとアレルヤは大晦日を迎えた。

 明ければ刹那とティエリアがELSの世界に行ってしまってから初めての新年だ。

 最近は大きな事件はなかったが、ソレスタルビーイングは人手不足には違いなく、スメラギ・

李・ノリエガもラッセも地上に降りる暇がなかった。それで、年末の警戒で潜入捜査から戻ったライル

と入れ違いにふたりはトレミーを降りた。

 低軌道ステーションから小型艇で、帰ってきたライルを、アレルヤは、ハンガーで迎えてくれた。微

重力で漂いながらライルに近づくと旅行バッグを受け取り、そのまま寄り添った。

「おかえりなさい、ロックオン。大丈夫? 顔色が悪いみたいだ」

「ああ。いろいろあってな。疲れのせいか、身体が重いんだ」

 ライルの言葉にをアレルヤの顔が曇った。

「ロックオンのメディカルデータ見たよ。・・・お酒と煙草、やめればいいのに」

「心配すんな。適度な飲酒は健康にいいし、煙草は、俺のアイディンティティだ」

 ライルは、アレルヤの肩を引き寄せると、蜜色の頬にキスをした。



 12月31日のトレミーは、静かだった。スメラギとヴェーダの予報では事件が起きる確率は低く、ク

ルーの半数も休暇か地上配置のためトレミーを降りていた。ライルが、ミッションのレポートを作成し

ていると、夕方、アレルヤが呼びにきた。

「キッチンを借りて作ったんです」

 ライルのために夕食を用意したという。今日一日、アレルヤは、ハンガーにもブリッジにも姿が見え

なかったのだが、料理をしていたらしい。

 食堂にいくと、いい匂いがした。

「年越し蕎麦だよ」

 黒塗りの盆の上には、ざるに盛られた黒っぽい麺が載っている。陶器のカップには黒い汁が入ってい

る。香ばしい香りは、この汁の香りだ。後は、白い小皿にツンとした香りのネギと緑色の何かがのって

いる。

「そば?」

「そう。日本では、大晦日にお蕎麦を食べて、長寿を願うんだよ」

 アレルヤは、自分の分も持ってきてライルの向かいに座る。箸をとり、器用に数本をつまむと汁につ

け、つるりと飲み込んだ。

「なあ、この黒いのはなんだ?」

 ライルが箸でつついたのは海苔だという。白い皿にのっているのは薬味で、刻んだネギとワサビだ。

「ワビサビ?」

 ライルの返事がおかしかったらしい。アレルヤはクスリと笑って、困った顔をした。

「ロックオン。お蕎麦、嫌いだった? アレルギーとか?」

「嫌いも何も、食ったことねえ」

 アレルヤが不安げに眉をさげるので、とりあえずライルは箸をつけた。スパゲティの類と同じだろう

と、汁をたっぷりつけてほうばる。汁が意外と辛い。もそもそと咀嚼してようやく飲み込む。唇に細く

切った海苔が張り付いて、食べにくかった。

「ロックオンでも、うまくできないことがあるんだね」

 アレルヤは、手を伸ばして、ライルの口の端についた海苔を取ると、ひょいと自分の口に入れた。そ

の振る舞いが恋人らしいのが嬉しくて、蕎麦のごそごそした食感など気にならなくなる。

「年越し蕎麦だなんて、お前さんはいろんなこと知ってるんだな。俺は日本食と言ったら寿司と天ぷら

ぐらいしか知らねえ」

「僕も詳しい訳じゃないけど、ロックオンには、健康で、長生きして欲しいから」

 アレルヤは、わざわざ作り方を教えて貰ったという。

「食材もいろいろ、送って貰ったんだ」

 ライルは、目頭が熱くなった。地上のミッションでの苦労が流れさっていく。

 蕎麦を食べ終わると、展望室に行った。眼下には闇に沈む青い地球が見える。肩を並べておしゃべり

をしながら地上を見下ろす。暗い大地に都市のあかりが点々と広がっている。北極の近くに帯上にオー

ロラがみえていた。青と緑ともみえる光の饗宴に見惚れていると太陽が姿を現した。

「静かな初日の出だね」

「来年もこうして見てえな」

「来年だけでなく、ずっと見たいな」

 アレルヤが、金と銀灰の瞳を向けてくる。

「うれしいこと、言ってくれるぜ」

 ふたりは互いの手をとりあうと、ゆっくりと唇を重ねた。



 元旦のトレミーは静かで、のんびりと起きたライルが食堂に行くとアレルヤが待っていた。

「おせち料理、作ったんです」

 ライルは初めてみる『おせち』を眺めた。テーブルに四角い塗物の箱がいくつか並んでいた。重箱

という箱で、綺麗な絵が描いてある。松竹梅や鶴と亀という縁起のいい柄なのだそうだ。

 開けるといろいろ詰められている。ピクニックの弁当のような感じだ。

「紅白のかまぼこ、伊達巻、黒豆、数の子、田作り、栗きんとんに筑前煮だよ」

 筑前煮には、鳥肉のほかにハスや竹の子、コンニャク、里芋、しいたけ、ごぼうと、ライルが初めて

見る野菜が入っていた。

「みんな、食物繊維が豊富でローカロリーだから、たくさん食べても大丈夫」

「すげえな。みんなアレルヤが作ったのか」

「うん。筑前煮は刹那のお隣りにいた、クロスロード君に教えてもらたんだ」

 アレルヤは、そう言ってライルに取り分けてくれる。自分の分も小皿に取ると食べ始めた。

 慣れない味付けだが、細かく切ってあるので、一通り食べてみる。日本の鳥料理と言えば焼き鳥し

か知らないライルには、煮物に入っている肉はあまり好きになれない。箸の進まないライルに気がつい

たのだろう。アレルヤが、立ち上がった。

「ごめん。お屠蘇、忘れてたよ」

 銚子に入った燗酒と盃を一つ持ってきた。

「スメラギさんが、お正月用に置いて行ってくれた大吟醸だよ」

 酒は、飲み頃で口をつけるととろりとして甘かった。和風の味付けによくあっていて、ライルは軽く

杯を干す。

「ロックオン。お流れを」

 アレルヤは、しんなりと寄り添ってきて、上目使いにねだった。盃に酒を満たしアレルヤに渡す。ア

レルヤは杯の酒を飲み干すと、ライルに手渡す。

「お。イケるクチだね」

 そうして、一つの杯でさしつさされつ、ふたりで2、3本の銚子などすぐに空けてしまう。アレルヤ

は、眼元をほんのり染めて、色っぽいことこのうえない。酔って、いつもより饒舌になっていた。

「ハスは、見通しがいいようにっていう、願いが込められているんです。田づくりは、五穀豊穣。紅白

のかまぼこは、新年を祝って、おめでたい色どりなんだ」

 楽しそうに料理の一つ一つを説明してくれる。ニンジンを花の形に切ったり、里芋の面取りをした

り、レシピを見ながら調味料を混ぜ合わせたり、丁寧に作っている姿が目に浮かぶ。ライルは、テー

ブルに頬杖をついて一生懸命に話すアレルヤを見ていた。

 一度には食べきれず、おせちの重箱と酒を持ってライルの部屋で飲むことにした。

 気がつけば、アレルヤの膝を枕に眠ってしまっていた。アレルヤも、ソファの背もたれに頭をのせて

眠っている。ボレロを脱いで、インナーだけ。すんなりと伸びた首から鎖骨、静かに上下する胸にぽつ

んと乳首が透けている。引き締まった腹筋から臍の形までわかる。ライルは、アレルヤの膝にのるよう

に身体を寄せると、髪をなで、耳のうしろに口づけた。

「アレルヤ。・・・起きて」

 そっと、銀灰の瞳が開いて、口元に笑みが浮かぶ。

「起こすなら、もっとちゃんと キスして」

「オーライ」

 指先を顎にかけて上向かせ、薄く開かれた唇に唇を寄せる。昨夜の酒の残り香りが甘く漂う。ぬけき

らないアルコールの余韻に、埋火のような情欲がライルの身体を熱くした。

 トレミーのベッドは久しぶりだった。狭いのも殺風景なのも気にならない。空調は完璧だから、ブラ

ンケットなどいらない。互いの服を脱ぎ捨てて、激しく求めあった。防音も完璧だから、どんな声を出

しても外には聞こえない。

「ああっ・・・あ・・・ロックオン」

「いいぜ。俺のこと、もっと呼べよ」

 息が続かなくなるまで、キスをする。満たし満たされる充足感に溜息をつく。

「だめ・・・離れたら・・・いやだ」

 アレルヤの甘えた声が、腕と一緒に絡みついてくる。

「ああ・・・何度でも」

 ぐったりとした蜜色の身体を抱き込んで眠る。汚れた身体のまま、怠惰な眠りを共に貪る。

 次に眼が覚めた時は、夕方で、定時連絡の時間だった。裸足でモニターに向かう。

『イジョウナシ・・・イジョウナシ・・・』

 ブリッジにいるハロがモニターにメッセージを送ってきた。人に会える姿ではないから文字だけだ。

「ロックオン・・・シャワー」

 モニターに、背の高い黒髪が映った。均整のとれた肢体。温かい肌。湿った声。青い牡の臭い。長い

戦いの日々を越えて手にしたものは、なんと魅力的なものだろう。摺り寄せられた頬に口づける。他に

聞こえないというのに、ふたりで忍び笑うと、狭いシャワーブースにもつれて入った。



 三が日すぎると、ラッセとスメラギがトレミーに戻ってきた。

「イアンさん、御苦労さま。なにかあったかしら? ロックオンとアレルヤは?」

「特になにもないな。静かな新年だったからな。落ち着いて整備ができたぜ」

「静か?」

「ああ。相手はハロたちだけだからな」

 顔を見合わせるスメラギとラッセに、ハロが返事をした。

「ロックオン、アレルヤ、ヒキコモリ。ネショウガツ」

 イアンが頭を掻く。ラッセは笑いをこらえるのに必死になり、スメラギは腕組みして溜息をついた。

 午後の食堂で、ラッセがランチを食べているとライルとアレルヤが入ってきた。

「よう。ロックオン。アレルヤ」

「おう」

「ラッセ。新年おめでとう」

「おめでとう。アレルヤ。なんか、お前、ツヤツヤしてんなあ」

「そうですか。そんなことないですよ。・・・あ、ロックオン。今日も僕、ロックオン用のランチ作っ

たんです。取ってきますね」

 ライルが頷くと、アレルヤはカウンターのほうへ行ってしまう。ライルは、煙草を取り出しながら、

軽い咳をした。

「特別メニューか。アレルヤ、頑張ってんな・・・それに比べてロックオン、新年そうそうどうし

た。顔色が悪いぞ」

「なんか、力が出ねえんだ」

 ライルは煙草の煙を溜息とともに吐き出す。ラッセがニヤリとする。

「俺たちがいない間、お楽しみだったんだろう。アレルヤの手料理三昧だったろうが。お前に食べさせ

るんだって、張りきってたぜ」

「それはそうなんだが・・・」ライルは、溜息といっしょに煙を吐いた。「ラッセ。『おせち料理』っ

て知ってるか」

「知らねえ。・・・まずいのか?」

「いや。うまい。アレルヤの作るもんだからな。はずれはないさ。・・・ただ」

「ただ?」

「和食なんだ。しかも、ほとんど野菜」

 ライルの眼の下にはクマができている。

「いいじゃねえか。和食。スメラギさんの大吟醸のつまみには最高だろ」

「つまみならな。毎食となるとな」ライルは、ラッセの皿を見た。「肉・・・動物性たんぱく質が食い

てえ」

 そこに、アレルヤがスメラギと一緒にトレーを持ってきた。

「どうぞ、召し上がれ。ロックオン」

 アレルヤが片手で差し出したトレーをライルは両手で受け取った。

「今日のメニューは白身魚のグリルだそうよ。私もごちそうになることにしたわ。ハーブの香りがいい

わね」

 スメラギのトレーには白ワインのグラス。

「アレルヤ。おせちはどうだった?」

 アレルヤが、にっこりと笑う。

「はい。スメラギさんとクロスロード君のおかげで、美味しくできました。ロックオンも喜んでくれた

んですよ。三日間、ちゃんと食べました。ね、ロックオン」

 同意を求められて、ライルはあいまいに頷く。たしかにおせち料理は美味かった。しかし、そればか

りでは飽きる。なにより、あっさりしすぎていた。おまけに、この三日間、朝から晩までずっとアレル

ヤと一緒だった。

「そう。お正月はどうしても運動不足になりがちでしょう。年末に取りすぎたカロリーも気になるし

ね」

 スメラギが、意味ありげにライルを見た。

「ロックオン。年末の健康診断のデータ、悪かったわよ。喫煙による肺活量の低下、中性脂肪とコレス

テロール値の上昇。気をつけないと、成人病になるわ」

「そりゃどうも」

 ライルは、突然の話に目をぱちくりしている。地上のミッションの間、ビールや肉料理ばかりだった

のがどうしてばれたのか。

「大丈夫ですよ。スメラギさん。僕、アドバイスどおり、お正月の間、ロックオンにローカロリーで食

物繊維を豊富な食生活を勧めました。運動も適度にしてました・・・」

「適度? どんな運動したんだ? 痩せたっていうより、やつれてんだろ」

 ラッセは、ライルのげっそりした頬と眼の下のクマを見た。アレルヤにとって「適度」は、一般人に

は「過度」に違いない。

「ビールは控えて、お酒にしたし・・・」

 ラッセの疑問には、アレルヤは気が付かないらしい。

 ライルは、黙ってランチを食べている。アレルヤの行為は彼を思ってのことなのだ。文句など言えな

いのだろう。ラッセは、自分の皿から牛肉を一切れとるとライルの皿に載せた。立ち上がりながら、そ

っと囁いた。

「あとで、栄養ドリンク差し入れてやるぜ」

 ライルは、顔を上げると「悪いな」と、眼顔で頷いた。



ライルが展望室で煙草に火をつけたところにラッセが入ってきた。箱を差し出すと、素直に一本取

る。宇宙を映す窓に向かって、ふたりは煙を吐いた。

「ラッセ。あんたが煙草なんて珍しいな。身体鍛えてるから、不健康なことはいっさいしないのかと思

ったぜ」

「おいおい。アレルヤと一緒にするなって。俺だって一通りの悪さはするさ」

 ラッセは手にした吸いさしに目をやると、そう言ってふかぶかと煙を吸い込んだ。

「で、どうした、ロックオン。こんなところでひとりとは、けんかでもしたか」

「ばかいえ。アレルヤは・・・寝てるよ。俺のベッドで」

 ライルが口元をゆるめる。ラッセはいつものことなので、特に反応はしなかった。

「よくやるな。ダイエット食でアレルヤの相手じゃ、身が持たねえだろう」

「そうなんだ。トレミーにもどって以来、アレルヤのやつ、健康管理とか言い出して、ビールはもちろ

ん、フライドポテトや肉を食べさせてくれねえ。腹もちが悪くて、力が出ねえ」

 ラッセは少しの間黙って、なにかを言おうか迷っているようだったが、ライルが煙草の箱を差し出す

と、もう一本取った。

「お前、地上でのミッション後のメディカルチェックで、再検査だったろ」

「ああ。なんか、血尿とコレステロールだかが高かったんだ」

「それを、アレルヤが心配してな」

 トレミーに残っていた3人が一緒に食事をしていた時、その話になり、スメラギに成人病の怖さを教

えられたアレルヤは、ライルの身体を心配して料理の勉強を始めたのだという。

「スメラギさんが、とっておきの大吟醸出してきて、ビールより酒のほうが太らないとか、昆布食べる

と髪にいいとか言い始めて、それでおせち料理を作ることになったんだ」

「仕掛け人は、スメラギさんか。・・・アレルヤも、人を中年あつかいしやがって・・・」

「まあ、そう言うな。アレルヤは、心配して涙ぐんでたんだぜ。スメラギさんも、それでいろいろ、言

いだした」

「まあ、俺はあいつより年上だし、ただの人間だからな。寿命は短いかもしれねえ」

 ラッセは首をふった。

「それは、俺とスメラギさんも一緒だ。・・・アレルヤが心配してんのは、自分のほうが先に死んじま

うかもしれないってことさ」

 ライルは目を見開いてラッセを見た。ラッセは、煙草を一服吸うと、深く息を吐いた。

「これは、俺の推測なんだが、超兵ってのは、イノベイターじゃねえ。だが脳量子波が使えるってこと

は、可能性があるってことだろ。でも、アレルヤは脳量子波を感知すると頭痛がする。だから、イノベ

イターとして覚醒する時は、ハレルヤの人格が表に出て、自分は消えちまうとでも思ったんじゃねえ

か。そうしたら、ロックオン、お前はひとりだ、と」

「なんだそれ・・・なんだそれっ!・・・何言ってやがるっ」

 ライルは、煙草を投げ捨て、ラッセのボレロの胸元を掴んだ。

「落ち着け。ロックオン」ラッセは、静かにライルの手を押さえた。「推測だって言ったろ。アレルヤ

は、自ら超兵機関の養成所を破壊した。そのため、極秘扱いだった資料の多くが失われた。ヴェーダ

が、ひろい集めてはいるが、研究してた人間はもういねえ。だから、不安なんだ」

 ライルは、ラッセから手を放すと、「悪かった」と謝った。

 ELSと出会って以来、脳量子波を使える人間は急速に増加していた。脳量子波のコントロールがう

まくいかず、苦しんでいる人も多い。ルイス・ハレヴィも、ナノマシンによるイノベイター化の副作用

で苦しんでいた。

 アレルヤは、自分は人より丈夫だと言うが、それは身体能力が長けているだけで、改造されているこ

とにかわりは無い。

 ここ数日のアレルヤの様子をライルは思い出していた。

  僕から離れないで。

  僕を見て。

  僕を忘れないで。

 暗い部屋でかわされる甘い睦言。

 繰り返される抱擁。

 しっかりと握られた手。

 アレルヤはいつも人の心配をしてばかりだ。自分の望むものはほんの少し。その望みすら彼を不安に

するのだろうか。

「人間、いつかは死ぬのにな」

 ラッセは、フィルターだけになった吸殻を、床に落として踏み潰した。

 ライルは、煙草の箱をポケットにしまった。

「そうだな。でも、死ぬために生きてるわけじゃねえ」

「ああ。その前に、することがありすぎる」

 ふたりは、展望室から出ると反対方向に歩きだした。



 ライルが部屋に戻ると、アレルヤは起きて着替えていた。

「ロックオン。おはよう。・・・僕、だいぶ寝過ごしたね」

 時計を見て、照れくさそうに笑う。昨夜の情事の余韻がまだ項のあたりに残っている。

「そうでもないさ。トレミーは暇だ。のんびりしよう。コーヒーでも飲もう」

 アレルヤは頷いてフードディスペンサーに向かう。ライルはその後ろに立つと、アレルヤを抱きしめ

た。

「ロックオン・・・それじゃ、コーヒー淹れられないよ」

 抱きしめた身体が温かい。ライルは、黒い髪の付け根に唇を寄せた。アレルヤは、ライルの腕に大人

しく抱かれたままくすくすと笑う。ライルが身体をゆっくりと揺らすと腕の中の身体も揺れた。

「俺、長生きしてえ」

「そのためには、節制しないと。食生活に気をつけて、適度に運動して」

「適度な運動な」

 腹の下に滑ってきたライルの右手を、アレルヤの左手が押さえる。

「そういう悪戯じゃなくて」

 ライルはアレルヤを抱き直すと、正面から顔を合わせた。

「でも、条件がある。お前は俺より先に死んだらだめなんだぜ」アレルヤの金と銀灰の瞳を覗き込

む。「一日でもいい。俺より長生きしろ」

「勝手なことを言うんだね」オッドアイが潤んでいく。「そんなことにはならないよ。僕は、頑丈にで

きてるから」

「ほんとうだな」

 アレルヤは、ゆっくりと頷いた。ライルは満足そうに笑うと、唇についばむようなキスをした。

「おりこうさん。ご褒美に明日は俺が飯を作ってやる。肉とジャガイモ中心にしてスタミナつけよう

ぜ」

「変なロックオン」アレルヤは不思議そうな顔をする。「今、節制が必要だって言ったでしょう」

「なんだ、俺の手料理食いたくないのか」

「ご明察。だって、カロリー過多ですよ」

「いいんだよ。アレルヤ。お前さんには、足りないことがある」

「なに?」

「楽しいこと。満足すること。腹一杯食って、生きていることを楽しむのさ」

 アレルヤが瞳を見開いて、それから、笑顔になる。

「生きていることを感謝するだけじゃ、つまらねえ。俺は楽しくない人生なんていらねえ」

 ライルは、黒い髪を掻きあげて、頭を引き寄せ、耳元に囁いた。

「お前がいないと、楽しくない。お前にキスができない世界なんて、俺は嫌だね」

 アレルヤがライルの背に腕を回す。

「僕もだよ・・・あなたと、ずっとこうしていたい。毎日少しでもいい。あなたと過ごしたい」

「了解だ。今年もよろしくな。アレルヤ」

 白い手が蜜色の頬にかかり、唇が唇に重なった。





                              了    2013/01/15