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堕天使の楽園 9



    
「なぜ、私が大佐の仇を討つことを止めだてする。お前だって憎い相手くらいいるだろう。どうしてロ

ックオンの仇を討たない」

 ハンガーへと続く通路。

 戦闘へ参加することを止めるように説得する僕を、金の眼が下から睨みつけていた。

 胸を張り、背筋を伸ばした姿は精悍で、彼女は雄々しく、しなやかな野生の獣のように見えた。

 GNアーチャーと同じ鮮やかなカラーリングのパイロットスーツを着た彼女は、怒りに頬を桜色に上気

させているが、言葉は冷静で、歯切れがよく、氷の刃のように僕を切り捨てた。

「お前の愛など、所詮その程度のものなのだ、アレルヤ・ハプティズム。マリーなどと呼ぶな。私はソ

ーマ・ピーリスだ」

 もし、脳量子波が使えたら、僕は頭痛で立っていることすらできなかっただろう。向きあっているだ

けで、その気迫に圧倒される。


 今、彼女の頭の中は、アンドレイのことでいっぱいだ。

 いつも、彼のことを思っている。

 彼のことを思うと眠れない。

 彼を追わずにいられない。

 君は気がついていないだろうけど、それは紙一重の感情だ。


 僕はロックオンのことを思い出していた。

 アリー・アル・サーシェス。

 ロックオンは、その男に囚われていた。その思いは、一直線でまるで恋のよう。

 片時も忘れることができない。思うと胸が苦しくなる。

 僕よりも、その男のことを強く思っているロックオンを、僕は憎んだ。

 まるで、秘密の恋人のように、僕に名前を教えてはくれなかった。

 嫉妬で、僕は狂いそうだった。

 だから僕は、アリーのことを忘れることにした。

 彼を憎むことは、彼のことを考えることだ。

 僕は、彼のことを考えたくない。

 僕から、ロックオンを奪った男のことを。


 赤みがかった金色のオーラが、陽炎のように彼女を包んで燃え上がったと思うと、すっと治まった。

 黙っている僕の横をすり抜けると、蔑みに唇を歪めて彼女は歩み去った。微重力にそよぐ長い髪を見

送る。


 でも、マリー。ソーマ・ピーリス。

 君は、アンドレイを忘れない。

 忘れたりすることはできないんだ。


                                 了 2010/1/9

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