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恵方巻

NEIL / ALLELUJAH LYLE/ ALLELUJAH 




【ニールの場合】

「アレルヤ、恵方巻って知ってるか」

「はい。節分の夜にその年の恵方に向かって無言で、願い事を思い浮かべながら太巻きを丸か

ぶりするの習わしですよね」

「そうそう。いいことがあるようにってな。食ったことあるか?」

 アレルヤがかぶりをふると、

「今年は特別に俺が作った。食えよ」

 とアレルヤを食堂に連れて行く。

「え?だって、ここ宇宙ですよ。方位ってあんあまり関係ないんじゃ」

「なんだ。俺の好意を無駄にするのか」

「そんなことないよ!」

ぶんぶんと首を振るアレルヤの前に皿が出される。

「じゃ。いってみようか」

と言って出されたのは、7つの具の入った太巻き。かんぴょう・キュウリ・シイタケ煮・厚焼き卵・

アナゴ・桜でんぶ。オーソドックスな具だ。海苔が黒々と光っている。

「・・・これ。太くないですか」

「おっきいけどさ。アレルヤ、これくらいいけるだろ」

 なっと片目を瞑ってみせる。

「ロックオン。無理言いすぎ。切ってもいいかな」

「縁起もんだ。だめにきまってんだろ。お茶もいれてやったからな」

「はい。あーん」と、アレルヤの口元に黒い太巻きを押しつけた。アレルヤは言われるままに

かぶりついた。

「うぐ、うぐ、うぐ・・・らめ、おっきくて、これ以上、むり」

 眼に涙をためて、一生懸命恵方巻を食べるアレルヤ。口から咥えきれない太巻きがぶらりと

下がる。

「かわいいな。シャメとっていい?」

ロックオンは端末を取り出した。



「どうにかならないんスか、あれ。食堂は公共の場だってこと分かってないんスかね、あのふたり」

 リヒティはげんなりとした溜息をついた。

「見なかったことにしとけ。ここんとこ、キュリオスとデュナメスの一緒の出動がなかったから、ロック

オンのやつ〈アレルヤ切〉起こしてんだ。チャージしてんだよ。チャージ」

「それにしたって、はた迷惑ですよ」

「まあな、あれは『アレルヤは俺のもんだ』っていうデモンストレーションでもある」

「誰に?」

「さあ。ロックオンの頭ンなかじゃ、アレルヤはすべからく狙われてるってことじゃねえか」

「ラッセさん、いやにロックオンの肩もちますね」

 ラッセがぐびりとビールを飲む。それを見て、リヒティが頷く。

「あ、それ、ギネス。ずるいっすよ。ラッセさん、ロックオンから買収されたんスね」

「人聞きの悪いこというなよ。俺は、アレルヤが恵方巻食べ終わるまでスメラギさんが部屋から出て

こないように、一服盛っといただけだ」

「ビール何本で?」

「ビール1ダースとアイリッシュウィスキー」

 飲むか?と差し出された瓶を受け取るとリヒティは盛大に溜息をついた。



【ライルの場合

 食堂に入ってきた黒い髪にライルは手を振った。

「アレルヤ」

「なんですか。呼び出したりして」

 トレーニング中だったんですけど、とアレルヤはライルの前の椅子にすとんと腰を降ろした。

 眼の前の皿に海苔巻きが1本。

「これ、恵方巻。食べると縁起がいいんだ」

「へえ」

 アレルヤは手にとると、ばりばりと食べてしまう。

「えっ? ちょっ、まっ」

 吉方位とかうんちくを並べるつもりだったのに、3口で食べられてしまっては何を言う時間もない。

「これだけ? これだけのために僕を呼んだの?」

「えっと・・・まあ。縁起がいいってことで」

「じゃあ、ロックオンも食べたら?」

「俺の分はない」

「僕、作りますよ」

 キッチンのテーブルに、キュウリと鰻、桜でんぶに海苔を並べる。

「ライル、材料けちって、かんぴょうとシイタケ煮と三つ葉だけで作ったでしょう。ほんとうは。もっと

いろいろ入れるんだよ」

「けちってねえよ。低軌道ステーションで買ったんだ」

 アレルヤは、巻き簾に海苔とご飯を置き、具をきれいに並べる。そして、その上にライルが買って

きた細い恵方巻を巻き込んだ。

「はい。どうぞ」

 出された恵方巻は、アレルヤが食べたものの5倍くらいの太さがある。

「これ、口に入んねえぞ」

 切ってくれよ、というのにかぶせるように、

「一口に食べてくださいね。縁起ものですから」

 とにっこりと差し出す。

「まさか、僕の作った恵方巻、食べられないんですか」

「いや」

「見ててあげますから」

はい、あーんと、口元に運ばれる。

「えっと」

 精いっぱい口に入れたが、噛み切るのが難しい。湿気を吸った海苔というのは意外と噛みきれ

ないのだ。うぐうぐしていると、苦しくて、涙が浮かんでくる。

「ロックオン、そんなに一生懸命にしてかわいい」

 頬杖をついて見ていたアレルヤが、端末を取り出す。

「うぐぐー」

 〈アレルヤ、フォトはやめとけ、やめろー〉

と言いたいのだが、口に入れた恵方巻は飲み下すには量が多すぎる。

 30過ぎのいい大人が口いっぱいに恵方巻をほうばった写真など撮られていいわけがない。

「大丈夫。僕だけのお気に入りにしとくから。マリーにも内緒にしとくよ」

 アレルヤは、そう言うと、銀灰の瞳をぱちんと閉じてウィンクした。

                                                        了
                                                   2014/2/5