NOVELS


堕天使の楽園 4



「若さゆえの潔癖かね」

 イアン・ヴァスティは、スメラギ・李・ノリエガの話を聞くと、溜息をついた。

 昔なら、JB・モレノに相談するところだが、彼のいない今、スメラギが頼るのはイアンしかいなかっ

た。しかし、妻も娘もいるイアンは適任とも思えた。

「アレルヤは、真面目だからな。ごまかして、自分だけ幸せになるなんてできないんだろう。・・・ロ

ックオンが生きていればな」

「イアン、それは言わない約束よ」 
 
 座り心地の悪いスツールの上で、スメラギは脚を組み直した。イアンは煙草に火を点け、深く煙を吸

い込んだ。

「いや、悪い。ただな、俺はあんたがここに来る前から奴らを見てきた。戦いの道具、ガンダムマイス

ターになるべく集められた子供たち。奴らには普通の幸せを掴むなんて許されなかった。それでも、人

は幸せを望むものなんだ。傍から見て、それがどんなに不自然なものでも幸せには違いない」
 
 その意見はもっともだと思う。
 
 スメラギの目には、マイスター達の関係は思春期の延長線上にあるゲームのようなものに映ったが、

武力介入が始まり、トレミーで共に戦うようになると、それは違うように思えてきた。
 
 彼らには守るべき者がいない。守るべき者を奪われたことを原動力に動いていたのだ。しかし、憎し

みだけで闘い続けるのは難しい。愛する者を守りたい。この気持ちこそが、真の戦いの原動力になる。
 
 イアン・ヴァスティの言うとおり、人は幸せを望む。守りたい者の笑顔に幸せを感じるのだ。戦う理

由を身近なものに求めたとして、誰にそれを咎められるだろうか。
 
 アレルヤとロックオンの関係を知りながら、何も言わなかったのはそのためだ。計画に支障がなけれ

ば、マイスターのプライベートには関知しない。それがソレスタルビーイングの方針だった。
 

 互いの過去も、本名すらも明かさずに命を託しあう。そこにどれほどの絆が生まれるというのだろう

か。スメラギの疑問を、マイスター達は少しずつ打ち消していった。

 彼らは、正義と殺戮の狭間で危うい均衡を保っていた。四機のガンダム同様、四人のマイスターの個

性はばらばらだった。組織として多様性は重要だが、協調性の欠如はミッションの達成を妨げる要因と

なる。
 
 ロックオン・ストラトス《ニール・ディランディ》の存在は重要だった。リーダーにするなら彼しか

いない、スメラギはそう思ったが、計算高く冷徹な狙撃手であるロックオンは、表向きはそつなく組織

の人間と付き合い、決して深入りしようとはしなかった。
 
 しかしスメラギは、彼の生来の人懐こさに期待した。そして冷徹さの陰にある感情に敏感に反応した

のが、アレルヤ・ハプティズムだった。

 感情的に脆いアレルヤがロックオンと結びついたことで、チームに安定感が生まれた。ロックオン

は、いつの間にか刹那とティエリアも懐柔してしまい、いつのまにかマイスター達は互いを認め、託し

あうようになっていた。
 
 その要の男を失った。

「アレルヤは、ロックオンが死んだのに自分が生き残っていることに罪悪感をもっているわ。マリー・

パーファシーを救い出すまでは、それが支えになっていた。ところがそれを達成してしまった今、彼は

自分の存在を許せなくなっているんじゃないかしら」

「ひょっとして、刹那やティエリアも?」

「それぞれに彼の死に責任を感じているでしょうね」

「だとしたら、新しいロックオン、ライルだったか、彼には辛いな」

 イアンは、短くなった吸いさしを灰皿に詰め込んだ。最近は禁煙していると聞いていたのに、金属

製の皿は吸殻でいっぱいで、灰を落とす余地もないくらいだった。イアンが無造作に皿を持ち上げると

灰が舞った。ダストシュートに吸殻を投げ入れ、戻ってきて座ると、新しい煙草に火を点けた。彼の銀

のライターが、生前モレノが持っていたものであることをスメラギは思い出した。

「なあ、双子っていうのは、互いの意思を共有しあうっていうだろう。・・・モレノが生きていればも

っとましな解釈をしてくれるんだろうが、俺はこういうのは苦手でな。ただ、二代目のロックオンが、

双子の片割れだっていうのが、気になるんだ。ロックオンの遺志というか、生まれ変わりというか」

「彼がここに来たのは、ロックオンの遺志だと?」

 イアンは、がしがしと頭を掻いた。手もとの煙草から灰が落ちる。

 生まれ変わりとは、エンジニアらしからぬセンチメンタリズムだ。最先端の技術を駆使しながら、

彼は煙草を吸い、奇跡を信じようとする。
 
 人間らしい、なんと人間らしい矛盾だろうか。

 そういうのは嫌いではなかった。

 スメラギは、整備室からガンダムを眺めた。
 
 ダブルオー、ケルディム、アリオス、セラヴィー。

 先の戦闘で大破した機体の後継機。これらが受け継いだのは、イオリア・シュヘンベルクの技術だ

けではないのだ。

「ねえ、イアン。どうしてイオリアは、私たちだけにオリジナルの太陽炉とトランザムシステムを託

したのかしら」
 
 連邦政府の樹立とイノベイターの介入がメインプラン、仮にAプランだとしたら、ソレスタルビー

イングはさしずめプランBといえるだろう。戦術プランを立てる時、メインの他に必ず抑えのプラン

を立てる。それがプランBだ。
 
 ソレスタルビーイングの壊滅が、四年前に計画されていたものだとして、イオリアはなぜ、ツイン

ドライヴとダブルオーの可能性をこちらのみに託したのだろうか。

 それは、スメラギがトレミーに戻ってから常に考えていたことだった。アレハンドロ・コーナーの

野望に歪められ、ヴェーダとのリンクを失っても、イオリアの意思はソレスタルビーイングとともに

ある気がする。
 
 それは、BがAの補完のみならず別の可能性を持っているということではないのか。

(イオリアは、私たちに何を期待しているのかしら)
 
 黙っているイアンに、スメラギは続けた。

「私たちはイオリアに託された。それは今も変わらない。五年前、武力介入を始めた当初は、それ

は、滅びの道への示唆にしか思えなかった。でも、今は違う。私たちには存在する理由がある。戦

う理由が。・・・私たちはイオリアの理念と技術を持つ限り、闘わなくてはならないのよ」


 イアンは煙草を置き、コーヒーサーバーに向かった。すぐに、香ばしい香りがたつ。

「相手はアロウズなのか? それともイノベイター?」

「その両方でしょうね。見せかけの平和と無垢なる歪み。その両方を打破って、その先にあるもの

は何かしら」

 イアンは、コーヒーをマグカップに注ぐとスメラギに渡し、自分もがぶりと一口飲んだ。

「俺には戦術はわからんがね。・・・この先は厳しい戦いになる。アロウズはどんどん新型を送り

込んでくるだろう。まさにガンダム同士の戦争だ。性能で負ける気はしないが、物量では不利だ」

 スメラギは、濃い液体を口に含んだ。香のわりに苦味が強い。ミルクというよりウィスキーを入れ

たくなった。

「そうね。少数精鋭の私たちに弱点があるとすれば、まさにその部分」

「打開策はあるのか」

「支援機の早期導入」
 
 スメラギの即答ぶりにイアンは溜息をついた。

「そうくると思った。人使いが荒いのは変わらないな」

「褒め言葉として受け取っておきます」
 
 スメラギ・李・ノリエガは、ニッコリ笑うと整備室を後にした。
 

5へ


2009/6/16

   →contents