NOVELS


堕天使の楽園 2


 4人目のマイスター、アレルヤ・ハプティズムを奪還する作戦は成功し、ライルも与えられたミッシ

ョンはクリアできた。
 
 カタロン構成員達の脱出も成功したとのクラウスからの情報を聞き、ライルはほっと胸を撫で下ろし

た。

 そういえば助けた4人目の顔を、まだ見ていなかったことを思い出した。

「ロックオン!」

「そのリアクション飽きたよ」




 アレルヤ・ハプティズムは、長身で筋肉質の格闘家タイプの男だった。

 体格に似合わない大人しい印象で、俯いて頬を染めるところなどは、普通の青年にしか見えなかっ

た。黒い髪に金と銀灰の美しい瞳の色が映えている。

 制服に着替えると、着やせするのか精悍さよりしなやかさのほうが眼についた。

 控え目な笑顔に影があるのは、4年間の拘禁生活の疲れなのだろう。

 再会を喜ぶトレミークルーたちの輪から離れると、ライルは、ひとり展望室に来ていた。煙草に火
 
をつけると、暗い海底を眺めた。
 
 居心地が悪かった。

 ソレスタルビーイングに来てから、ライルが何かするたびに、皆が不思議そうな顔をし、次の瞬間

がっかりした顔をする。その繰り返しだった。

 ニールの代わりとして来たのだから、覚悟していたこととはいえ、我慢も限界に来ていた、アレル

ヤ・ハプティズムが、その美しい瞳をこちらに向けてくるたび、苛立ちが募るので、席を外したともい

えた。

 スメラギ・李・ノリエガは、ニールが最も親しくしていたのはアレルヤだと教えてくれた。

 しかし、彼にいろいろ言われるのは、正直面倒だ。ていよく追い払う方法を考えたほうがいい。ライ

ルは、ガラスに向かって煙を吐いた。

 扉の開く音に振り返ると、当のアレルヤが立っていた。ハロを抱いている。

「ライルさん、ハロがあなたを探していましたよ」

 アレルヤは、AIをライルに手渡すと、並んで立った。

 背は、ライルと同じくらいだ。

 厚い胸板のわりに、腰が細く、長い手足がスタイルの良さを強調している。

 祝杯でもあげたのか、目元がほんのりと染まっている。初めて会った時も頬を染めていた。眼もとに

は、まだ隈が残っていて、痛々しかった。左右の瞳の色が異なるオッドアイ。右が金、左が銀灰。今

は、銀灰の側が見えている。

 耳朶から項へ視線を這わせる。たしか、ロシア系中国人だった。東洋人特有の肌理の細かい薄い皮膚

をしている。

 触れたら、どんな感じだろう。前言撤回、興味がわいた。

 煙草を、携帯の灰皿にしまう。

「煙草吸うんですね」

「俺は、不良なんでね。・・・・あんた、兄さんと、ロックオン・ストラトスと仲がよかったんだっ

て?」

 オッドアイが不思議そうに振り返るのと、ハロが反応するのが同時だった。

 ロックオンという単語に反応したのだろう、AIは、ライルの腕から飛び出すと、ぴょんぴょんと

跳ねた。

「ロックオン、アレルヤ、ナカヨシ!・・・ナカヨシ!・・・ロックオン、スキ!・・・アレルヤ、

スキ!」

 いきなりのおしゃべりに驚いていると、アレルヤは敏捷に動いてハロを捕まえると、胸にだいたま

ま、ライルに背を向けた。

「ハロ!」

「なあ、あんたアレルヤだっけ」

 腕を掴んで振り向かせると、耳まで赤くなって俯いている。AIを子猫でも抱くように抱えているの

が可愛くて、からかってやりたくなった。

「仲よしってそういうことなんだ?」

 細い顎の下に指先を掛け、仰向かせるとそっと唇を寄せた。

 唇が触れあった瞬間、ふるっとアレルヤの体が震えた。抵抗されるのかと思ったが、そうではなかっ

た。

柔らかい感触を楽しむように、角度を変える。アレルヤは求めるように薄く唇を開いた。そっと、舌先

を忍ばせる。柔らかく迎えられ、互いに深く求める形になった。

 ライルが腰に手を添えると、アレルヤは体を寄せてきた。

「ん、ふ」
 
 甘く息をして、アレルヤはライルの舌を甘く噛み、吸い上げる。初めてなのに、強く貪られて、ライ

ルは眼を開け、アレルヤの顔を見た。

 眉をひそめるようにして、キスに夢中になっている表情に色気がある。

 口腔内を探りながら、唾液を送り込んでやると、こくりと飲み込んで、驚いたように眼を開けた。

 金と銀灰の瞳に、自分の顔が映し出されるのを見てライルは不思議な気分になった。
 
 それぞれの瞳に映る自分の顔は、別々の男の顔に見えた。

「ごめんなさい、僕・・・」

 アレルヤは、はじけるように体を離し、ハロをライルに押し付けると、逃げるように走り去った。

 あんなキスをされて、驚くのは自分のほうなのではないか、と思って呆然としているライルの腕か

ら、ハロが転がり出た。




後日、ピンク色の髪の戦況オペレーターに同じことをして、頬を張られた。

「フラレタ、フラレタ」

 ハロの言葉にライルは笑った。

「やっぱりこれが普通の反応だろ? なあ、ハロ」


   3へ

>了  2009/5/10

   →contents