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七 夕

NEIL / ALLELUJAH




  笹の葉 さらさら 軒端にゆれる

  お星さま きらきら 金銀砂子


「ロックオン。その歌なに?」

「『たなばた』って言うんだ。知らねえ?」

「はい。どこの風習ですか?」

「俺も刹那に聞いたんだ。なんでも日本とか中国の風習だとか。牽牛と織姫っていう恋人たちが、一年

で7月7日の夜にだけ会えるって話。その日に恋人たちが会えるように、笹の葉に願いごとを書くんだ

そうだ」

「へえ。ロマンチックだね」

「お。ロマンチックな気分になったか、アレルヤ」

 そう言って、長い腕が僕の首にからんだ。僕は引き寄せられて、彼に寄りかかる。

「でも、1年に1日しか会えないなんて、可哀想だね」

「だからさ。俺たちは、幸せだな。こうして会えるんだから」

 トレーニングやブリーフィングの後、みんなに見つからないように、こっそりと展望室で会うの

が、最近の僕とロックオンの楽しみだ。

 外を見ながら、いろいろな話をする。

 地上で普通の生活をしたことのない僕は、年中行事はどれも経験したことがない。守秘義務のせ

いもあって刹那は、故郷の話をあまりしない。辛いことがあったんだろう。ティエリアは宇宙育ち

らしいけど、地上のことは嫌いみたいだ。

 ロックオンは、僕にいろんなことを教えてくれる。

 ハレルヤは、「幸福な子供時代を過ごした奴なんて信用するな」って怒るけど、僕はそうは思わな

い。幸せを知っている人こそが、幸せの大切さがわかるんじゃないかな。僕には幸せっていうものが

よく分からない。ただ、ロックオンが話してくれる日常は、平和で楽しそうなことばかりだ。それ

は、幸せな事なんじゃないだろうか。

「ねえ、ロックオン。地上には、幸せがあるのかい?」

 僕がそう聞くとロックオンは、不思議そうに僕を見た。

「地上でなくても、あると思うがな。どうしてそう思うんだ」

「よく、わからないんだ」

 僕が首を振ると、ロックオンは笑った。そして、手袋を取って、白い指先で僕の顎を捉えるとキス

をした。

「げんに俺の幸せはこれだ」

「ロックオン。僕もです。僕は、ロックオンと手を繋いでいると幸せです」

 僕がそう言うと、ロックオンは嬉しそうに目を細める。

「アレルヤ」

 囁くように名前を呼ばれて、唇を重ねる。

 僕は赤くなった。唇を触れ合うことは、恋人同士の挨拶なんだって僕は教わったばかりだった。

最初はキスを教わって、それからちゃんと「大人の恋愛」を教えてもらった。だけど、僕はあまりに

も世間知らずらしい。こうして展望室で教科書には載ってないいろいろな事を教えてもらう。

 彼の白い指先が、僕の頭をなでたり、肩にふれたり、空間に文字を書いたりするのを見るのは楽し

かった。部屋で、僕に触れるのとはまた違う動きをする。

 バーに載せられた彼の手に僕が自分の手を重ねると、ロックオンは指を絡めてくれる。どきどきし

て、胸が温かかった。



 7月7日の夜。

 ロックオンが、僕の部屋に来た。

 手に竹の枝を持っている。折り紙細工で飾られた、七夕の笹だ。

「これが、鶴だろ。船。提灯。で、鎖」

 折り紙細工のひとつひとつを説明してくれる。

「ロックオンが作ってくれたんですか。うれしいな。ありがとう」

 誰に習ったんだろうか。スメラギさんだろうか。僕は、ロックオンが、一生懸命に折り紙をする姿

を思い浮かべて笑ってしまう。

 ロックオンは照れたのか、「じゃあな」と言って、行ってしまいそうになる。僕はあわてて、彼の

手を掴んだ。

「待って。行ってしまうんですか」

 素直に抱き寄せられてキスをする。僕の頬にふれる手には手袋が嵌っている。僕はその手を放した

くなかった。

「・・・泊まっていかないんですか」

「ああ」

 ロックオンは、僕の手をふりほどこうとした。

「アレルヤ」

 僕は、すばやく手首を押さえると手袋をはいだ。

「ロックオン」

 白い指先に鋭い傷が、薄赤くついている。

「傷が・・・」

「ちょっとな」

「ちょっとって。あなたにとって指は大切なものでしょう。もっと慎重にならなくちゃ」

 僕は、思わず唇を寄せて傷をなめていた。絆創膏を貼る。

「そう怒るなよ」

「ひょっとして、紙で切ったの?」

「関係ねえだろ」

「あるよ。こんなことで、あなたの指が傷になるのはいやだ」

「はいはい。気をつけるよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「じゃあ、指きり」

 指をからめて、キスをして。互いの熱を感じることに夢中になった。僕は、笹を振り返った。

「願いごと書かなくちゃ」

「それは、また、後で」

 結局、互いを求めるのに忙しくて、僕たちは「願いごと」を書かなかった。

 だから、罰があたったんだろうか。

 牽牛と織姫のように。
 
 

 あれから月日が流れて、僕はまたトレミーで七夕を迎えた。あの時はふたりで迎えた宵を、今年は

一人で過ごすことになりそうだった。

 笹の小さな枝を手に、展望室にいると、背後に人影がさした。

「邪魔するぜ」

 僕は、煙草を咥えた白い横顔を見つめた。彼は、僕の隣に立つと、笹の枝を見た。

「それ、なに?」

「七夕の笹です」

「『たなばた』ってなに? 知らねえな」

 僕が、黙っていると、ふと手が伸ばされた。

「・・・けど、これは知ってる。折り紙だろ」

 手袋をした指が、鳥の形を弄ぶ。

「折り紙、知ってるんですか」

「ああ。俺はうまいぜ。特に鶴はな」

「ロックオン」

 僕は、思わず彼の手を掴んでいた。

「なんだ。折り方教えてほしいのかい」

「鶴とか、船とかできますか」

「できるさ。俺は、ロックオン・ストラトスだからな」

 彼は片目を瞑ると、手袋を外した。白い指先が僕の頬に伸びてくる。僕は、その指先を握り返す。

「教えてやるよ。お前さんの知りたいこと。・・・だからさ、俺にも教えてくれ。『たなばた』と、

その涙の意味を」





                                    了  2011/07/01





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