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堕天使の楽園 INTERMEZZO



                   【ドーナツ】

 ランチには遅い食堂は空いていた。

 ツインロールとミニスカートを揺らして、ミレイナ・ヴァスティが現れた。

「ロックオンさん、ノルマですぅ」

 可愛い声に、ライルは思わず「はいっ」と返事をしそうになって慌てた。

 ティーンエイジのオペレーターとほとんど接点はないが、「女性に優しく」は大前提だ。
 
「ノルマ?」

 眼の前に差し出された皿と大きな瞳を見比べた。

 小さな手に白い皿。皿にはドーナツ。丸くて、真ん中に穴があいた、ふつうのドーナツだ。

「たくさん作りすぎたです。女性だけでは食べきれないので、1人1個食べてほしいです」

 ドーナツは苦手だが、この子はもっと苦手だ。体よく断ることなど出来なくて、「わかった」と頷い

て皿を受け取った。
 
 楽しそうに揺れるミニスカートを見送りながら、ライルは途方にくれた。

 煙草を咥えて火をつけた。

「ロックオン、ここ禁煙ですよ」

 アレルヤが立っていた。手には、コーヒーカップが2つ。
 
「ちょうどいい。お前、これ食べないか?」

 携帯灰皿に吸殻をしまうと、片手で皿を押し出した。アレルヤは、カップを置いて向かいに座った。

「ミレイナのドーナツですね。僕、もう2個も食べましたよ」

 そうだ。こいつは、俺よりもっと女の子には弱いんだった。ライルの肩が落ちる。

「食べたらいいのに」

 しれっとしてコーヒーを飲んでいる顔に、溜息をつきたくなる。

「いや。ドーナツは苦手なんだ」
 
「甘いから?」

「いや、この穴が・・・」

 ライルはドーナツを取り上げると、中央の穴からアレルヤを覗いた。銀灰の切れ長の眼が見える。

「アレルヤ。これはなんだと思う?」

「穴・・・ですね」

「他には?」

 形のよい眉が片方上がる。

「輪。閉じているもの。空間」

「そう。ここは閉じていて何もない。ここにあるのは虚だ。円は完全な形だ。それなのに中心に

『虚』空間を持っている。こんな食べ物、他にはないぞ。おっかねえ」

 アレルヤの口元が歪んで、白い歯が覗いた。

「ロックオン、意外とロマンチストなんですね」

 長い指がライルの手からドーナツを取り上げると2つに割った。

「『虚』の崩壊。これで『実』の世界の食べ物です」

 アレルヤは、ドーナツの半分をパクりと口に咥えると、半分をライルに差し出した。

「虚と実の間に、真理はあるんですよ」

 そう言って、もそもそと咀嚼するとゴクリと飲み込んだ。制服の襟に隠された咽喉の、細い喉仏

が上下する。

 ライルも見習って、真理の片割れをほうばると、コーヒーで流し込んだ。

「アレルヤ。お前って、意外と漢前だな」

 オッドアイの目元と頬に、さっと朱がさす。

 テーブルの上の手にそっと指を這わせると、困った顔がさらに赤くなった。



                                  >了 2009/11/13


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