SS


秘密




「あ・・・ロックオン。離して」

 蜜色の身体が、ふるりとふるえると、腕が伸ばされて、アレルヤはライルの腕の中から逃れようとも

がいた。

 アレルヤを口に含んだまま、自分の服を脱ごうとしていたライルは、バランスを崩して床に手をつい

た。

「なんだよ。もうちょっとだったろ」

 ライルの視線から逃れるように、すばやくベッドにもぐりこんだアレルヤの隣に、ライルは滑り込ん

だ。トレミーの狭いベッドだけに、ライルはアレルヤをかんたんに壁際に追い込んだ。濡れた口元を手

の甲で拭い、膝をかかえているアレルヤの肩を抱いて、耳元に囁やいた。

「お前さんの、飲みたかったのにな」

「ロックオン! 恥ずかしいこと言わないで!」

 切れ長の眼元が朱にそまり、アレルヤはライルから顔をそむけた。膝を抱えた腕に顔を伏せてしま

う。そのぶん無防備にさらされた形の良い耳にライルは唇を寄せる。

「だあって、約束だろ。俺が、シミュレーションでお前に勝ったらご褒美くれるって」

「え。それは、好きな飲み物を1杯おごるって話で・・・やだ、舐めないでっ」

 耳朶を甘噛みしたのを、振り払われた。

「だから、飲みたい・・・」

「ロックオン、変だよ!」

「ひどいなあ。アレルヤは。・・・約束破って、そのうえ、俺を変態呼ばわり。俺は、アレルヤを気持

ち良くしたいだけだったのに」

 アレルヤの肩を抱いたまま、ライルが溜息をつくと、黒い頭がほんの少し上に上がった。

「どうせ、俺はさあ、新米マイスターで、可愛い教官殿には怒られっぱなしだけどさ。俺は、アレルヤ

のご褒美がほしいばっかりに、シミュレーションがんばったのになあ」

 ライルが、耳元に囁く。また、頭が少し持ち上がって、銀灰の瞳がライルを見た。

「だって。口の中に・・・なんて、恥ずかしすぎるよ」

 お前、自分はちゃんと俺のを咥えたじゃないかというツッコミを、危く呑みこんでライルはアレルヤ

の頭に自分の頭をつけた。たぶん、しらふのままで、照明も消さずムードもなく始めたのがいけなかっ

たのだろう。抱きしめるなり、いきなり服を脱がせた。

 ミッションで2週間ほどライルはトレミーを離れていた。戻ってそうそうシミュレーションに借り出

された。アレルヤも一緒で、終わったあと、ハンガー横のシャワーブースでシャワーを浴びた。ふだん

は、制服にかくれている均整のとれた肉体にライルは見惚れた。

 ふたりの関係は、なかばライルのほうが強引に始めたもので、ライルからみれば恋人のまねごとみた

いなことしかしていない。

 このところ、キスも満足にしていなかったので、胸や、張ったふともものあたりや叢が目に入ると、

身体が熱くなった。アレルヤは、ライルの不躾な視線に気がついたのか背を向けたが、形のよい腰から

尻のラインは、よけいにライルを楽しませただけだった。

 先に出て行くアレルヤの影に、「あとで俺の部屋に来いよ」と声をかけると、頷いたような気配はし

たが、返事はなかった。さては振られたか、と思っていたので、アレルヤが部屋に来るなり、思わずが

っついてしまったのだ。

「俺は、恥ずかしくないけどな。そんなに恥ずかしかったの?」

 こくりと頭が動く。アレルヤが初心なのか、ライルが破廉恥なのか。

「どのくらい? 今までの人生で一番なのか?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

 ふと、悪戯心が湧く。

「へえ。・・・一番恥ずかしかったことってなんだよ」

「なんで、そんなこと」

「教えろよ。気になる。誰にされたんだ? まさか、兄さん?」

 アレルヤは、顔を上げてライルを睨んだ。

「違います」

「じゃあ、ミス・スメラギ? 刹那?」

「違いますよ。アロウズに収監されていた時です」

「へえ」ライルが、身体を引いたので、アレルヤは振り向いた。

「嘘じゃありません。たいしたことじゃないし」

「ほんとに? じゃあ、話せよ」

 ライルは、アレルヤの肩を後ろに引き、抑え込もうとした。

「言いたくないな」

 アレルヤは、軽く肩をふってライルを振り切った。さすが超兵だと、ライルは納得して、力に訴える

のは諦めた。

「じゃあ、俺が勝手に想像していいんだな。あーんなこととか、こーんなこととか」

 アレルヤの顔を覗き込むようにして、顎の先にキスをした。

「すごーく、恥ずかしいアレルヤを妄想する」

「ロックオン!」

「嫌だったら、教えろよ。・・・アロウズで縛られたのか?」

「他の誰にも言わないでくださいね」

 アレルヤは、子供のように唇を尖らせると、前髪を掻き上げた。金と銀灰の瞳が潤んで、艶めいた色

を帯びた。

 恋人の恥ずかしい話なんて他人にするもんか、とライルがうんうんと盛大に頷くのを、アレルヤはま

るで信用していない様子だった。

「逃げないように拘束されるのは、いつものことです」

 ああ、アレルヤは、アロウズ以外にも捕まったことがあるってティエリアが言っていたな、とライル

は頷いた。

「縛られたのか? どんなふうに」

「後ろ手に椅子に縛り付けられて」

「服は?」

「汚れるからって、裸にされた。エプロンみたいなものを掛けられて」

「裸エプロンで椅子に」

 アレルヤのライルを睨む眼元が染まる。

「手で。手でされたのか?」

「いいえ。たいていは機械を使った」

「たいていって。1回じゃないのか!」

 ライルは、思わずアレルヤの腕を掴んだ。アレルヤの口元が歪む。

「だって、4年間ですよ。1回で済むわけないじゃないか。やっぱり最初が一番恥ずかしかった。あと

は、慣れましたよ」

 銀灰の瞳が伏せられて、長い睫毛に隠れた。

「相手は誰だ」

「看守さんです。監獄では当たり前のことのようでした。『私は慣れているから、大丈夫。上手いって

評判なんだ』ってその人は言ってた。下手な人にされると、痛かったり切れて血がでたりするから」
 
 ライルは、アレルヤの手をとるとそっと握った。

「血がって。お前は大丈夫だったのか?」

「はい。機械の震動が、肌に触れるのがすごく嫌だったけど。その人は慣れていて、手際がよかった」

「なんで、そうなつくかな」
 
ライルの溜息をよそに、アレルヤは、話を続ける。

「優しい人でしたよ。いつも、僕を気遣ってくれた。『君は若いから、こういうのイヤだろうけど、仕

方ないんだ。私だって仕事でするんだから悪く思わないでくれ』って。でも、僕は恥ずかしかった」

「仕事だからって。見せしめか。まさか、複数で?」
 
 アレルヤの頬が染まる。

「うん。人のいるところで、皆に見られながら、されたんだ」

 アレルヤが、手を握ってくる。ライルは指を絡めて握り返した。

「恥ずかしかった?」

「うん。ロックオン。とても。・・・看守さんは、一応濡らして優しく指で撫でてくれて、『君のはき

れいな形をしているから、見られても大丈夫』って言ってましたけど。僕は気持ち悪いし、恥ずかしい

しで、気を失いそうになってました」

「アレルヤ。かわいそうに。そんな屈辱は初めてだったろうに」

 思い出したのだろう、銀灰の瞳から涙が一粒、零れ落ちた。抱き寄せて、黒い髪に指先を滑らせた。

「優しいこと、言ってくれるんだね。ロックオン。・・・まあ、人にされるのは初めてじゃなかったけ

ど」

 アレルヤが、指先をライルの胸に這わせた。

「僕は、ソレスタルビーイングに来てからは、ロックオンにしてもらってた。もっとも先っぽのほうだ

けで、全部はしてもらったことなかったけど」

「兄さんに?! 全部って?!」

 ライルは思わず、胸元からアレルヤを引きはがしていた。アレルヤは、きょとんとしてライルを見上

げる。

「だって、ロックオンは、指先が器用で優しかったよ。僕は、好きだった」

「そんな。恥ずかしいことを? 兄さんに?」

「だって、全部じゃないし。刹那もやってもらってたよ」

「刹那も? まさか、ミス・スメラギまで兄さんが?」

「まさか。いくらロックオンが上手くても、スメラギさんは、無理だよ。プロじゃなきゃ。あんなに長

いし、女の人はスタイルにこだわるしね」

 アレルヤがくすくすと笑いだす。

「おい。アレルヤ。お前何の話してるんだ?」

「何って、散髪ですよ。ロックオンは、よく皆の髪を切ってくれました。でも、僕、丸刈りにされたの

は、初めてで」

「丸刈り?」

「はい。バリカンで。髪が伸びると面倒なので、アロウズの収監施設では定期的に坊主にされたんで

す。僕、いろんな拷問されたけど、あれが一番いやだったな」

 ライルは、アレルヤの肩を掴んだまま、溜息をついた。そう言われれば、救出した時、髪の長さは普

通だった。むしろ前髪は短くなったくらいだと言われていた。

 ライルは、アレルヤの背後に座り直すと、腕を前に回し、そっと引き寄せた。

「アレルヤ。俺がベッドですることは、恥ずかしいこと? 嫌なこと? 俺のすることは看守以下って

ことなのか」

 アレルヤは、ライルの腕を押さえると、そっとライルによりかかってきた。

「違うよ。ロックオン。恥ずかしいけど。・・・嫌じゃないよ。ただ・・・」

「ただ、なに?」

 アレルヤの項に唇を寄せた。シャンプーとアレルヤの匂いがする。

「お前さん、嫌って言うし。ダメって」

「だって、さっきは・・・あのままだと、あなたの顔にかけてしまいそうだったんだ。僕はそんなのは

嫌だ。あなたのきれいな顔にそんなことするのは・・・」

「馬鹿だな。俺は、構わないぜ。だって、お前だって俺のはちゃんとお口でしてくれるじゃないか」

 形の良い唇を指先でなぞる。アレルヤが、舌を伸ばして、チロりと指を舐めた。

「だって・・・」

「言ってごらん。言ってくれなきゃわかんねぇ」

 ライルは、項に唇を押し付けた。アレルヤは、ふるりと震えた。

「だって。感じるんだ。あなたに触れられると、僕は感じすぎてしまってどうにかなってしまいそうなんだ。

・・・今だって」

「感じちゃう?」

 ライルは、湿った指先を、唇から、顎、首筋、胸、腹とゆっくりと降ろしていく。訓練された指先

が、滑らかな肌の上を滑っていく。アレルヤの咽喉が、小さく鳴る。

「ああ。ロックオン」

「嫌?」

「嫌じゃない」

「恥ずかしい?」

「うん。でも」

「でも?」

 指先はさらに下に降りて、アレルヤの膝の間に滑りこむ。

「嬉しいから」

 ライルは片手で、アレルヤの顎を掴み、振り返らせた。誘うように開かれた唇に唇を押し付ける。

「オーライ。いい子だ。人には言えないような恥ずかしいこと、たくさんしてやるよ」

 返事の代わりに、ライルの背に蜜色の腕が絡みついた。





                                   2011/05/09    了





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