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堕天使の楽園 INTERMEZZO



                【イアン・ヴァスティの贈り物】
                   
                   ―バレンタイン―


 アレルヤは、第三格納庫の入口で、イアン・ヴァスティが働いているのを見ていた。以前はよく作業

を手伝ったのだが、今は沙慈・クロスロードに自分の席を取られたような気がして、遠慮していた。そ

のうえリンダという優秀な片腕が傍にいるのだから、アレルヤの出る幕はない。勝手をしてアリオスを

損傷し、怒られたのはこの間のことだから、余計に気まずい。

 格納庫は、カタパルトへ通じる隔壁は閉じられているが、大空間には違いない。ハロやカレルが行っ

たり来たりするのを眺めていた。

「アレルヤ?」

 イアンが振り返った。

「お前、そんなところに突っ立てないで手伝え。『働かざる者、食うべからず』だぞ」

 なんでもないように、仕事を言いつけられた。

 イアンは、余計なことは言わない。アロウズに拘束されていたことにも、ハレルヤを失い、脳量子波

を失ったことにも、触れたりはしなかった。

 一緒に立ち働いていると、まるで昔に戻ったようだった。

「人を年寄りあつかいするな」と怒った時のままだ。思い出して、アレルヤはおかしくなった。口元が

緩んでいたのだろう。

「どうした、アレルヤ。いいことでもあったのか。それとも、相棒と内緒話か」

 それが、ハレルヤのことだとわかったので、アレルヤは首を振った。

「いいえ。僕は、ハレルヤを失ったままなんです」

 しまったという顔をして、イアンは黙った。汚れた手で、無精ひげを撫でていたが、

「ちょっと待ってろよ」

 そう言うと、整備室へ入り、しばらくして小さな箱を2つ持ってきた。

ひとつは携帯端末のような機械。もうひとつは、可愛いリボンのついた箱だ。

「こんなものを作ってみたんだ」

「端末、ですか」

「まあ、どっちかというとセンサーみたいなものだな。電波じゃなくて、脳量子波を感知するんだ」

 アレルヤは掌にのってしまう大きさの機械を見た。見た目は携帯端末そっくりだ。

「でも、僕は」

 アレルヤの言葉を押しとどめるように、イアンは手を上げた。

「言わんでいい。しかし、アリオスのセンサーには、微弱だが脳量子波の反応が記録されている。人

の脳ってのは、不思議なもんだ。その回復力たるや、驚異的だぞ。どんなAIも、人の脳を超えたこ

とはないからな」

 イアンは、アレルヤの手から機械を取り上げると、簡単に操作方法を教えてくれた。

「脳量子波を測定できれば、それを増幅する方策も考えつくだろう。悪いが、GNドライブのテスト

に追われてろくにいじれてねえ。感度はイマイチだ。半径1メートルってとこだな。検知するとメモ

リされる。寝る時、枕元にでも置いてくれ」

「でも・・・。可能性があると?」

「ああ」

 眼鏡の奥の眼が笑っている。

「ありがとうございます」

 端末を握りしめるアレルヤに、イアンはさらに箱を差し出す。

「それと、これ。持ってけ。・・・チョコレートだ。さっきミレイナが持って来た。バレンタインだ

って」

 可愛らしいリボンのかかった箱。カラフルなテディベアの包装紙。

「だめですよ。大事なお嬢さんからの贈り物でしょう」

「まったく、のんきな娘だ。こんな時でも、こうした行事は忘れないらしい」

 イアンはアレルヤの手に箱を押し付けた。ガシガシと頭をかく。

「俺には、すぎた贈り物だ。・・・犯罪的に幸福が詰まっているチョコだぞ。まあ、食え。糖分は脳

には必要な栄養だ」




 アレルヤは部屋に戻り、ベッドに横になった。感知器を見る。反応はない。

 携帯端末に似ているが通信はできない。

 画面にメモを入力してみた。



            TO  Hallelujah

            なにしてる?

            FROM Allelujah


 チョコレートと一緒に枕元に置いた。

 部屋の照明を落とす。眼を閉じると、すぐに微睡みが訪れる。

 身体が、柔らかい闇に引き込まれて、意識が薄れていく。意識は解放されていくのに、身体は眠りに

囚われて自由を失っていく。時間の感覚を失う。

 ・・・・・・・・・・・・

 微かに音がした。夢うつつで音のほうに手を伸ばす。音が出るようになっていたのだろうか。

 枕元を見る。

 可愛らしいリボンがほどかれて、チョコレートの箱はからっぽだった。

 画面が明るい。



            TO  Hallelujah

            あいしてる

            FROM Allelujah





                                          了

                                     2010/02/05


                               


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