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二度あることは
LYLE / ALLELUJAH


  ★DA6 で配布したものの再録です。


 プトレマイオスの展望室の窓には、宇宙に咲いた花が見える。それは、ELSの星に繋がる通路でも

あった。

「刹那もティエリアも行ってしまったんだね」

「ああ。残ったのは俺たちだけだ」

 ライルは、アレルヤの肩を引き寄せた。黒い頭が、軽く肩に凭れかかった。

「ロックオン」

「寂しい?」

「少しね」

 ライルが、顔を近づけると、アレルヤは素直に顔を上げた。

「アレルヤ」

 誘うように薄く開かれた唇に、そっと口付ける。触れ合ったそれの柔らかさに、ぞくりと背が震え

た。濡れた舌先が触れ合う。そこまでで、離れようとするのを、ライルは許さなかった。肩から背に

腕を回し、腰を引き寄せる。

「は・・・んぅ」

 逃げようとする舌を追いかけて、深く貪っていた。粘膜を舐め、絡めた舌を強く吸う。息を奪われ

て、アレルヤは喘いだ。

 角度を変えて、何度も口付けをかわし、飲みきれない唾液が顎の濡らすのを、ライルは、甘い蜜で

でもあるかのように舐めた。誰が来るかもわからない場所だというのに、胸の中に抱き込んで、その

肉体がそこにあるのを確かめ、まさぐった。オレンジの制服に皺が寄っている。

「ロックオン・・・離して」

 そう言いながら、アレルヤの指は、しっかりとライルの制服を掴んでいた。

 シュンッと展望室のドアが開く音がした。振り返っても誰もいなかった。

 不安げに顔をあげたアレルヤの頭を、ライルはそっと引き寄せた。



 けじめをつけておかなければ、と思ったのは誰かに見られたからではない。

 戦いが終わって、平穏な時間が訪れると、手にした温もりを独占しておくには、競争相手が多いこ

とにあらためて気がついた。

 先に「俺の物!」と、宣言しておく必要を感じた。

 アレルヤは、ソレスタルビーイングの仲間を「家族」だと思っている。

 スメラギ・李・ノリエガが姉なら、マリー・パーファシーは母親で、ハレルヤは弟、フェルトは妹

といったところだ。

 最後に参加したライルの権利を主張する余地など残っていないと言っていい。兄貴風を吹かそうに

も、その立場にはラッセがいる。

 ヴァスティ一家は、それこそ家族の絆で結ばれている。ちゅうぶらりんなのは、ライルだけだ。

 しかし、決心してしまえば気持ちは落ち着き、これが最善の手段に思えた。

 展望室でキスをしてから一週間後、ライルはアレルヤの部屋を訪れた。時間をかけたのは、それな

りに準備をしたからだ。

 部屋の主は、いつものように笑顔でライルを迎えてくれた。正面から手首を掴んで、そのまま部屋

の奥まで歩いた。壁際に、アレルヤを追い詰めた。

「アレルヤ。結婚しよう」

 ライルの言葉にアレルヤは、

「ええっ?!」

とうろたえた。しばらくの間、ライルをじっと見つめていたが、それから目元を染めて目をそらした。

 ライルは、辛抱強く返事を待つ。だんだんお預けを食っている犬のような気分になってくる。

(なんの羞恥プレイだ、これは)

 ライルの気持ちには気がついていないだろう、オッドアイが潤んでいる。

「あの。返事は今じゃないとだめかい?」

 アレルヤは、上目遣いに、申し訳なさそうに言う。

 YESの想定しかしていないライルは、ポケットの指輪をいつ出そうか、そればかりを考えていた

ので、ちょっと慌てる。

「どういう意味だ?」

(まさか断られるのかよ、そんなの想定外だぜ)

 ライルは不安に眉がさがってきた。

「ちょっと、相談したい人がいるんだ」

 アレルヤは、ライルの両手をやすやすと外し、恥ずかしそうに笑うと行ってしまった。

「え?」

 ひとり、部屋に取り残されたライルは、ポケットから出しそこねた箱と、閉じられた扉をかわるが

わる見ていた。


 しばらくは、誰とも話す気になれなかったが、煙草も一箱吸ってしまうと、咽喉が痛み、腹も減っ

たので食堂に行くことにした。

 アレルヤと会ったらどんな顔をしたものか。

(いやいや。待ってくれと言われただけで、断られたわけじゃねぇ)

 指先で頭をぼりぼりと掻きながら、俯き加減でA定食をトレーに載せ、缶ビールを取った。

 テーブルには、ラッセとイアンが先に食事をしていた。女性は誰もいなかったので、ライルは少し

ほっとしていた。

 イアンとラッセはライルが食事を終えるのを待っていたようだった。頃合いを見計らったて、コー

ヒーを片手に隣に座った。イアンがライルの隣。ラッセは向かい側だ。

 イアンが、なにかにやにやしている。

「よう。おめでとうさん」

 なにか裏のありそうな笑顔にライルはきょとんとした。

「なんのことだ?」

「隠さなくていいぜ。アレルヤと結婚するんだろ」

「な、なんでそれを?」

「ミレイナから聞いた」

 イアンはうんうんと頷きながら、無精ひげを撫で、ラッセは明らかに面白がっている。

 なぜ、ミレイナが知っているのか分からない。ほんの数時間前の話だし、ライルは誰にも言ってい

ない。

「ミレイナがどうしてそれを?」

 動揺を隠そうと煙草を咥えたが、間違ってフィルターのほうに火をつけてしまった。フィルターが

燃えて炎がたつ。

「ストラトスさん。ここは禁煙ですぅ」

 慌てているのはライルだけで、灰皿を持ってきたミレイナは、楽しそうだ。

「アレルヤか? アレルヤが話したのか?」

「いいえ。マリーさんですぅ。マリーさんがお式の準備をしないとって、はりきってるです」

 燃えていない煙草を咥えたはずが、ぽろりとテーブルに落ちた。

「マリーが・・・」

(アレルヤが、マリーに話したってことなんだろうが・・・なんなんだ。この天然コンビは)

「悪い。・・・ちょっと野暮用」

 ミレイナが拍手しそうになっているのを、手で制すとライルはよろよろと立ち上がり、食堂を出た。

 ひょっとしてトレミー中に知れ渡ってるんだろうか。俺、まだ、返事もらってないのに。

 廊下の移動用バーに身体を預けると、ライルはマリーの部屋に向かった。



 ドアを開けてくれたのは、マリーというより、ソーマ・ピーリスだった。彼女はネットでなにか調

べていたようだった。

「アレルヤなら、先ほど来た」

「なんか、言ってたか」

 おそるおそる聞くと

「ああ。お前にプロポーズされたと言っていたな」

「で、あんたになにか相談でもしたのか」

「相談は、ハレルヤにしていた」

「ハレルヤに?」

「まあ、脳量子波を使えば、やつらの会話も筒抜けだがな」

 そう言って、ソーマはライルを見るとニヤリと笑い、聞いたことを教えてくれた。


【ハレルヤの場合】

「ハレルヤ。僕、ロックオンと結婚してもいいかな」

『はああ? 寝言は寝て言え』

「ええ? やっぱりだめかい? 君は僕がいないと・・・」

『アレルヤ! うぜえ。泣くな!・・・わかった。認めてやる。しかし、条件があんぜ』

「なんだい?」

『初夜権を行使する!』

「なにそれ。いつの時代の話だよ」

「結婚式の後、初めての夜は俺様がいただく。ウェディングドレスは俺様が脱がせてやんぜ」

「ど、ドレス?」

「赤くなってんじゃねえよ。反応するところはそこか? 白いドレスを引き裂かれて、泣き叫ぶ人妻

をだな・・・夫の前で」

「趣味悪いよ。ハレルヤ」

『なんにしても、お前の初めては、全部俺様のもんだ』

「じゃ、結婚していいね」

『へへえ。これからは、俺たちは不倫関係だな』

「ハレルヤ。なんか違う気がするよ」



 話を聞いたライルは、溜息をついた。相談先がハレルヤというのは当たり前すぎて肩透かしにあっ

た気分だったが、アレルヤは、結婚を認めてもらう方向で話をしたらしい。

 腕組みしていたソーマが、くくっと笑った。

「奴は、当然、こっちにも相談した」


【マリーの場合】

「マリー。僕、ロックオンに結婚を申し込まれたんだけど」

「まあ、おめでとう。とても素敵なことだわ。これから忙しくなるわね、お式の準備とかしなきゃ」

「どうして? 別に今までと変わらないと思うけど」

「だめよ。けじめはつけなくては」

 マリーが心配するので、ソーマはきちんと指摘した。

「特に、権利関係ははっきりさせておくべきだ。まず夫婦別姓。お前たちは男同士だからな。むしろ

自然だろう。それから、銀行の口座も別々にして、ソレスタルビーイングからの給料はちゃんと分け

ておけ。夫婦だからと言ってうやむやにするな。別れる時に財産分与で揉めることになる」

「あの、別れたりしないと思うけど」

「それと、ロックオンには保険に入らせろ。あの男の戦闘能力は未知数だからな。先に死なれても保

険金が入るようにしておけば、墓のひとつもたててやれる」

「ロックオンは弱くないよ。お墓もあるし・・・マリーは、僕が結婚するの、反対なのかい?」

 マリーは、この男の不安げな顔に弱い。ソーマに代わり、表に出た。

「いいえ。ただ、あなた方はいつも危険と隣り合わせでしょう。何かあった時が心配なの」

「わかったよ。僕とロックオンの保険の受取人はマリーにしておくね。僕たちになにかあったら、後

は頼むよ」

「ええ。大丈夫よ。アレルヤ」



「心配かけて、悪かったな」

 まさか、そんな心配をされているとは知らず、ライルはがっくりと肩を落とした。さっきまでの心

配が馬鹿らしくなってくる。

 アレルヤは、ライルが嫌いで返事を保留にしたわけではないらしい。むしろ前向きに検討している

ようだ。

 背後でドアの開く音がして、ミレイナが入ってきた。

「ストラトスさん。ドレスは・・・」

「だめよ。ミレイナ話しては。ロックオンには内緒よ」

 追いかけてきたフェルトが唇に指を当てた。

「ドレスって?」

 詳しく聞こうとした時、ライルの端末が鳴った。

『ロックオン。ブリーフィングルームに来て』

 スメラギ・李・ノリエガの呼び出しに、ライルは女の子たちに手をふると部屋を出た。

(ドレスって)

 ハレルヤの、初夜にドレスを剥ぐ話には、正直そそられた。アレルヤは、白が似合うのだ。

 制服やマイスターカラーのパイロットスーツもいいが、少しゆったりした白いスーツも似合う。そ

の下に隠された肉体をつい妄想してしまう。

(しかし、ベアトップとかはな。胸というより肩幅ありすぎるだろ。でも、スカートだと腿のむっち

りしたところは隠れるな。スカートってのは、無防備だからな)

(ふわりとしたスカートの下に潜り込んでみてぇよな。その場合、やはりガーターベルトはさせるべ

きか)

(ヴェールを通して見る金と銀灰の瞳はきれいだろうな)

(アレルヤは東洋系だ。白無垢というのはどうだ。清楚だが、腰の細いアレルヤには和服は少し無理

があるかもな。角隠しなんてつけた日には、身長2メーター超えるぜ。んな、でけえ花嫁なんていた

だけないしな)

(いっそ、花魁みたいなのはどうかな)

 妄想しだすと、止まらなかった。


 ライルは、危くブリーフングルームを通り過ぎてしまいそうになった。

 しかし、モニターの前で、仁王立ちしているスメラギを見た瞬間、妄想はふっとび、緩んだ頬を引

き締めた。ラッセとイアンが気の毒そうにライルを見ていた。

「ロックオン。どういうことかしら」

「どうって」

「私に黙ってるなんて、ずいぶんと水くさいわね」

 ライルは、できるだけスメラギを刺激しないように言葉を選んだ。

「黙ってるもなにも、俺は誰にも言ってないぜ。・・・アレルヤが、相談したいって」

 スメラギの右の眉が、きりりと持ち上がった。

「まさか、ロックオン。アレルヤの返事はちゃんともらってるんでしょうね」

「いや。それが」

 ライルの視線が泳ぐ。

「もう、なにやってるの、あなた。・・・あの子にとっては、一生に一度の大事なのよ」

 悪者のように言われるのは心外だが、仕方がない

「いや。俺にとっても大事なんだが」

「ところで、アレルヤはどうしたの?」

 ライルに続いてブリーフィングルームには、フェルト、マリー、ミレイナ、そしてリンダまでがい

る。それなのに、アレルヤの姿がなかった。

 皆、顔を合わせて首を振った。

 結局、マリーの部屋から出て行ったあと見かけた人間はいないのだ。

「ハレルヤさんと駆け落ちですか? ドラマチックですぅ」

「いや、ミレイナ。それ、違うと思うわ。一応、同一人物だから・・・まさかマリッジブルーになっ

て、家出したんじゃ」

 スメラギの言葉を皮きりに、わいわいがやがや思い思いの意見を口ぐちに言い始めた。

 ライルは、一気に煩わしくなって、そっとそこを抜け出すと独り展望室に行った。煙草を吸おうと

思ったはずだが、咥えただけで火をつける気にならない。

 アレルヤと話がしたかった。

「アレルヤ」

 口にした途端、背後でドアが開いた。はっと振り返ったライルに、人影が声をかけてきた。

「すまない。ロックオン・ストラトス。アレルヤの脳量子波をトレミー内に感知できない」

「エンジンルームにもハンガーにもいないのか」

 ソーマ・ピーリスが眉を顰め首を振る。

 その時、廊下をオレンジのハロが、壁にぶつかって、回転しながら呼びかけてきた。

「ロックオン。・・・ロックオン」

「ハロ。アレルヤ、知らねえか」

 抱き止めて、問いかける。

「ニゲタ! ニゲタ!」

 ハロはパタパタと耳のようなカバーを振った。

「なんだって? 誰が逃げたっていうんだ」

「アレルヤ。デテイッタ・・・ロックオン。ヒトリ・・・オイテキボリ・・・オイテキボリ」

 なんとなわかっていても、はっきり言われれば、その事実は重かった。いつの間にか戸口の人影な

く、取り残されたライルは、その場に座り込みたくなっていた。

「俺を置いて行っちまうなんて」

 展望室の窓に青い地球が、見えている。指先でその星を狙い撃つ。狙った獲物を逃す気はない。

「また、俺に迎えに行かせる気か。アレルヤ」

 心配そうに、目をチカチカさせているハロを抱きなおすと、ライルは溜息をついた。


                                       2011/8/29

                                        続く
 

  ※そして、ライルの「アレルヤを探す旅」が始まる・・・


                                   

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