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堕天使の楽園 INTERMEZZO



                      【辞書】

 アレルヤは、知りたがりだ。いろんな質問をしてくる。アレルヤの頭の中には百科事典なみの知識が

つまっているようだが、実用性に欠ける。世間一般の常識問題では、会社勤めをしていたライルのほう

が一応うえだ。

 アレルヤの質問に、どう答えるか。

 それは、時々、戦闘シミュレーションより、ライルをひやりとさせることがある。

 ベッドで甘い一時を過ごした後、裸のアレルヤを腕に抱いて、一服するのが最近のライルの楽しみ

だ。汗を洗い流した後の滑らかな肌触りを楽しみながら、煙草に火をつけた。

「ねえ、イノベイターは、どうやって恋をするんだろうね」

 アレルヤの質問は、いつも唐突だ。昨日の質問は「アンドロイドは夢をみるか」だった。その質問に

SF作家の名前を教えると、さっそく端末で調べていた。

「そうだな」

 ライルは気のない返事をする。この手の質問をする時、アレルヤは、すでに自分の考えを持ってい

て、何か言いたくて、質問の形をとっていることが多い。だから、勝手に喋らせておく。

 イノベイターの恋愛などに興味はない。同じ塩基配列を持つ者同士の恋愛なんて、究極のナルシシ

ズムだろう。

「恋をするのに、お互いの考えていることがわかったらつまらないよ」

 おやおや、わかったふうなことを言う。こういうところが、こいつの可愛いところだ、とライルは

笑った。

「そうかな。俺は、知りたいけどな。自分がどう思われているか」

「評価が気になるんですか」

「っていうより、アレルヤがほんとうはどう感じているか、どうしてほしいと思っているのか分かっ

たら、ベッドでもっとサービスできるだろ。・・・抜かずにそのまましたほうがいいのか、一休みし

てキスしたほうがいいのか、とかさ」

 オッドアイに、睨まれる。唇を尖らせているのは、からかわれていると気がついたからだ。

「そんなこともわからないで、僕を抱いているんですか」

 アレルヤが、ライルの手から煙草を取り上げて、灰皿に押し付ける。

「えっ。お前、ひょっとして演技してんのか」

「ほんとうにわからないの?」

 口元をちょっとあげ、銀灰の瞳で掬いあげるようにライルを見る。この顔に、ライルは弱い。

「アレルヤ。お前のその言い方、年増の娼婦みてえ」

「としまの娼婦ってなに?」

 妖艶な微笑はすぐに消えて、また、知りたがりの貌になる。

「お前みたいに、男を悦ばす手管に長けている人のこと」

「てくだってなに? 僕、誉められてるの?」

「調べてみ?」

 デスクの上の端末を顎でさす。アレルヤは、裸のまま、端末に向かう。ライルは新しい煙草に火をつ

けて、アレルヤの肢体を観賞する。形のよい尻から、腰のあたりの艶めいたラインをゆっくりと楽し

む。

「わかった」

 振り返って笑顔になる。今見ていた尻に尻尾はなかったが、もしあったら、ぱたぱたとふりまくって

いる感じの顔だ。

 おかしいな、そんなにいい意味じゃないはずだ。

「?」

 アレルヤが懐に潜り込んでくる。

「手管とは、人をあやつる駆け引きの手際。それとね」

 唇に、ちゅっとキスをしてくれる。

「間夫(まぶ)。本命の恋人だって」

嬉しそうに笑うので、抱きしめてキスをする。世界のどこかにいる辞書の編纂者に感謝する。

「お利口さん。よくできました」

                                         >了 2009/10/25
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