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予 感



 腹の底が読めない奴。それが、アレルヤの第一印象だった。10代なのに成人を凌駕する体格と体力。

暗い瞳は、長い前髪で片方しか見えない。言葉遣いは明瞭で丁寧だが事務的だ。体に似合わぬ柔らかな

声と不安げに揺れる視線が、彼がまだ未成熟な子供であることを示していた。

 トレミークルーには、守秘義務があって互いの過去を語ることはない。ただ、共に住み暮らしていれ

ば自然と分かることはある。刹那は、その容姿と宗教観から中近東の出身と分かる。アレルヤは、その

肌と眼の色から中国か東欧系と知れ、トレーニングルームでラッセ・アイオンと組み合った時の体術

の冴え、格闘スタイルから人革連出身だろうという推測もできた。

 アレルヤは、柔道、レスリングなどの格闘技はいうに及ばず、射撃、フェンシング、剣道などのエキ

スパートで、およそ近接戦闘で敵う者はない。

 鍛えられた筋肉、訓練された身のこなし。それは、研ぎ澄まされて洗練されており、一流の狙撃手で

あるロックオンの目には、美しいものに映った。

 時折、アレルヤから殺気のような気が立ち上るのを感じることがある。それは、ほんとうに命のやり

取りをしたことのある者特有のもので、ロックオンには、それが彼と自分が同類であることの証である

ように感じられたのだ。

(同病相哀れむってね)

 トレーニングを見ているロックオンに気がつくと、アレルヤは少し首を傾げて穏やかな笑顔を向けて

くる。それが演技だとは思わないが、その裏にある何かに気づいてしまった。

 アレルヤは、人の気配に敏感だ。

 出会って間もない頃、背後から近づいて蹴られそうになったことがあった。

 まともにくらったら、あばらの一本くらいは折れてしまうだろうパワーとスピード。オーラのように

立ち上る殺気。長い脚を使った必殺の蹴りをかわすと、ロックオンは無様に廊下に転がった。

「すみませんっ。ロックオン。大丈夫ですか」

 アレルヤは、駆け寄ると、跪いて平謝りに謝った。土下座同然に頭を下げるものだから、長い前髪が

ぱさぱさと床の上に踊る。

「本当にすみません。・・・僕、まだ、集団で生活するのに慣れなくて」

「いや、悪い。俺も不用意だった。驚かせたんだろう、ごめんな」

 気配を消して近づいたのは確かだ。背後から観察しようとしたのを見抜かれた。

 差し出された手を取り立ち上がる。さっき感じた殺気は微塵もないが、ロックオンを支える腕の筋肉

は力に満ちてしなやかなのに、心配そうにのぞきこんだ眼元の筋肉が、緊張にひきつる。

(なんで、そんなに緊張するんだ?)
 
 CBの訓練施設は隔離された場所にあり、セキュリティは万全だ。武力介入開始前のこの時期に敵襲

などがあるはずもない。同じ組織の人間に、同じマイスターに、そこまで警戒する理由が分からなかっ

た。アレルヤの口ぶりからすると、警戒は意図したものではなく、習性のようなものらしい。

 いったい、どんな生活をしてきたというのだろうか。

 ロックオンは、肩を落としてうなだれているアレルヤの頭に手を置き、がしがしと掻きまわした。

「そんなに緊張しなさんな。・・・それと、このことはみんなには内緒だぜ。お前さんに蹴られそうに

なったなんて知れたら、ミス・スメラギになんて言われるか」

 手袋越しにふれた頭が、一瞬びくっと跳ねた。アレルヤの頬が染まる。銀灰の瞳が揺れて、視線が泳

いだ。この反応は、ロックオンの想定外だ。

 礼儀正しくお辞儀をして去って行く、背筋の伸びた後ろ姿を見送った。

 狙撃手として、人より観察力や洞察力には秀でているつもりだ。ただ、それを任務以外に使うつもり

はなかった。マイスター同士、互いに干渉しない、守秘義務大歓迎と思っていたのだ。

(蹴りに惚れたか、いや、あの筋肉か)

 完璧な肉体の反応に不似合いな恥じらいに、ふっと興味が湧いた。


>了  2009/1/21

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