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ALLELUJAH



「これで、稀代の殺人者」

 アレルヤは、ベッドに寝転び、今日、何度目かの溜息をついた。

 CBが武力介入を始めた。 組織内には、今までと比べものにならない緊張感が漲っていた。

 スメラギ・李・ノリエガの戦術予報によるミッションは、どれも最小の介入で最大の成果を収めてい

た。

 それは理解しているが、憂鬱は募るばかりだ。

 プトレマイオスは宇宙に上がり、南の島の基地にはキュリオスとデュナメスが待機していた。

 孤島の日差しは明るいが、外に出る気にはなれない。 一緒に待機しているロックオン・ストラトスと

すら顔を合わせるのが嫌で、部屋に引きこもっていた。

 リラックスするために、ふだんはロックやジャズを聴くのだが、今日は気持ちが重くて、どうにもな

らないので、クラシックを聴くことにした。ドアは防音処理が施されているから、ロックしていれば音

が外にに漏れる心配はない。 そう思ってかなり大きな音で聴いていた。

 だから、インターホンの呼び出し音に気がつくのに少し時間がかかってしまった。 あわてて、ドアを

開ける。 音が廊下にこぼれだし、それに押されるようにドアの前でロックオンが一歩下がった。

「よう、アレルヤ。すごい音量だな」  

 会いたくないはずだったのに、柔らかい彼の笑顔を見るとつられるように笑みを浮かべてしまった。

「ロックオン・・・すみません。待たせてしまいましたか」

 中に入るように促すと、オーディオのボリュームを下げるためにコントロールパネルの前に行った。

何か他の音楽にしようかと思っていると、ロックオンが、背後から覗きこんできた。シャワーを浴びた

のか、彼からはほんのりとシャンプーの香りがする。 その香りをゆっくりと吸い込んだ。

「へえ、モーツァルトか。アレルヤ、古典音楽なんて聞くんだな」

「まあ、たまにですが・・・。よくご存じですね。ロックオン」
 
 今から500年以上も昔の音楽を聴いているなんて、よほど変わっていると思われたかなと振り返ると、

白い頬が意外に近くにあって、思わず体を引いてしまう。

「知ってるさ。俺はこれでも子供の頃、聖歌隊にいたんだぜ」
 
 その発言は、守秘義務に反するのではないかと思うのだが、本人は気にもしていないようだ。

 アレルヤを押しのけるようにしてパネルの前に立つと、ロックオンは曲名を見た。

「『レクイエム』か・・・アレルヤ、お前気にしすぎてやしないか」

 翡翠の瞳が心配そうに見つめてくる。この瞳が苦手だ。すべてを見透かされている気がする。

「何を気にしていると言うのですか・・・。僕は古いものが好きなだけですよ。美しいでしょう。この

音楽は」
 
 視線が落ち着かなくて、コーヒーを淹れる振りをして、彼に背を向けた。 ロックオンの言葉の意味は

よくわかる。『レクイエム』は、死者を追悼するための音楽だ。 ミッションはテロ行為であり、人の命

を奪うもの。戦争の根絶という大義名分があったとしても、どんなに悼んだとしても失われた命は戻ら

ないのだ。何をもってしても、その罪を贖うことはできない。 そんなことは承知で参加したのだ。

 ミッションのたびに落ち込んでいるわけにはいかない。それでも、気持ちが沈んでいくのを止められ

ない自分は、意志が弱いのだろうか。 心の底でそれを肯定しても、ロックオンにそれを知られるのは嫌

だった。彼には弱い人間だと思われたくない。

「ロックオン。コーヒーはブラックでいいですか」
 
 できるだけ、明るい声を出した。 
 
 返事はなく、代わりにいきなり曲が変わった。ソプラノが高らかに歌い上げる。
  

    Allelujah      Allelujah


「なっ」  
 
 驚いて振り返ると、パネルの前でロックオンがいたずらっこのような顔をして笑っていた。

「《エクスルターテ・ユビラーテ》のアレルヤ。お前の歌だよな、これ。同じモーツァルトなら俺は

こっちのほうが・・・好きだよ」
 
 好きだよ。 その言葉に、胸が高鳴った。

 彼が言っているのが、音楽のことだとわかっているのに、頬に血が昇る。カップを持ったまま、そこ

に立ちつくしてしまう。

 モーツァルトのモテットは、華やかに技巧を凝らして神への賛美を歌っていた。

 自分は、この曲にふさわしくない。覚悟ができなくて、迷って、後悔に逃げ込んでいる。アレルヤは

自分には優しくされる資格はないと思う。

「嫌だな。自分の名前を連呼されるなんて恥ずかしいよ。・・・それに、今の僕にこの歌はふさわしく

ない」

「ほらみろ、やっぱり気にしてるんじゃないか」
 
 ロックオンは、正面から近づいてきてアレルヤの手からカップを取り上げ、テーブルに置いた。

 アレルヤは、視線を合わせるのが怖くて、足元に視線を落とした。

「俺だって、弱い者いじめみたいなのは嫌だ。でもな、俺たちには目的がある。それを完遂するための

覚悟もあるつもりだ。・・・だからさ、顔をあげていろ、アレルヤ」  

 あごの下に指が掛けられて仰向けにされる。 そっと唇が触れあった。

「前にも言ったろ。お前は、一人じゃない。・・・全部背負い込むことはないんだ」
 
 抱きよせられて、耳元に囁さやかれる声に、背筋がぞくりとした。

 自分の鼓動がうるさいほど耳につく。冷えていた血が、熱く巡り始めて、胸の底にわだかまっていた

憂鬱が晴れていくのを感じる。
 
 ロックオンが出て行ったあと、しばらくそこから動けなかった。

 テーブルの上ですっかり冷えてしまったコーヒーを一口飲む。舌の上に苦味が広がった。

「わかっているよ、ハレルヤ。彼は、ミッションに支障が出ないように僕を励ましてくれただけだ」

 機嫌の悪い半身に返事をする。ロックオンは優しい。それは誰に対しても、だ。

「彼だって、本当の僕を知ったら、許してはくれないだろう」
 
唇に手をやる。そこにはまだ、彼が触れた感触が残っていた。



>了 2009/1/14

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